【性犯罪厳罰化】110年ぶり刑法改正のポイントと、残る課題。
刑法改正のポイント3監護者からの行為には暴行・脅迫要件を除外。
改正のポイント3つめは強制性交等罪(旧・強姦罪)の成立要件である「暴行・脅迫」について、監護者からの行為の場合にはこれらを不要とし、あらたに「監護者性交等罪」という規定を新設しました。
これまで強姦事件で、その成立を一番難しくしていたのは「暴行・脅迫」の要件でした。
この暴行・脅迫が外形的に明らかではない、あるいは被害者が抵抗することを著しく困難にするほどの程度ではない、ということになると、強姦罪では被告人は無罪、ということになります。
ですから裁判になると女性がどれだけ抵抗したか、その抵抗を力の限りやったかどうか、大声で叫んだかなどということが重視されてきたのです。
でも実際は本当に怯えた人は声なんか出せません。「このまま殺されるんだったら、抵抗しないでおこう」と思うことも当然ある。自分がこれ以上深く傷つきたくないときには、相手に迎合的になってしまう反応もあり得るでしょう。
それでも男性裁判官の目から見ると、「ちゃんと抵抗してないじゃないか」とか「自分から応じて行為をしているじゃないか」と見えてしまう。
強姦被害者など、実際に極限状況に追い込まれた場合、人間は思考回路をシャットダウンし、無感覚の状態でフリーズする。その現象は医学的・心理学的にも証明されてますよね。
そうですよね。
それって普通は容易に想像できそうなものなのに、法律の制定や運用の場ではまだ共通認識になっていません。
ただ、今回の改正に向けての議論の中で、「暴行・脅迫」がなくとも女性が抵抗するのが特に難しい事例を類型的に考えて、状況に応じて「暴行・脅迫」の要件を不要とすることになりました。
そして今回の改正では、特に家庭内での性的虐待に着目したのです。
親や同居の親族など、特別な地位関係にある者から性的な虐待を受けるときには、特に抵抗が難しい。だからその場合には暴行・脅迫という要件を取り除こうということです。
“監護者”の範囲はどこまでなのでしょうか
監護者とは子どもと生活をともにし、子どもの身の回りの世話をしている人のことです。
学校の先生と生徒の関係や、スポーツのインストラクターと選手の関係なども被害者が抵抗するのが難しい関係に入ると思いますが、教師やインストラクターは監護者にあたらないため、暴行・脅迫要件の除外対象にはなりません。
それに関連した事例として、私が最近注目した事件があります。指導的立場にあったゴルフ場経営者が18歳の高校生だった教え子を強姦したという、2006年に鹿児島で起きた事件です。
鹿児島ゴルフ指導者準強姦事件
2006年12月9日にゴルフ練習場経営者でゴルフ指導者Iが、女子高校生A(当時18歳)を鹿児島市のホテルに連れ込み、極度に困惑して抵抗できない状態に陥っていることを認識しながら乱暴したと女性Aが訴えた事件。
2011年4月、鹿児島県警はゴルフ指導者I(経営者)を書類送検。その後、鹿児島地検は「女子高校生Aが拒否の意思表示をしていなかった」として、嫌疑不十分による不起訴処分とした。参考:Enpedia
この女子生徒はプロを目指しており、日頃から指導的立場にあったこのゴルフ場経営者の言うことに従わなければいけない関係にあった、というのが被害者側の主張です。ホテルに入って行為を要求された時にも、明確に拒否することができなかったため、検察官は本人による拒否や抵抗の明確な意思表示がなかったとして不起訴としました。
ところがその後、検察審査会がこの事件を起訴すべきという議決を2回出し、強制起訴になりました。
しかし、結局刑事裁判では「被害者は抵抗を著しく困難にするような精神状態にあったとまでは言えない」と裁判官が判断し、ゴルフ場経営者は無罪になりました。
検察審査会は11名の市民で構成されるものですので、このゴルフ場経営者の行為は、被害者の明確な抵抗はなくとも(被害者は抵抗できない心理状態だったのだから)、強姦罪で起訴すべきというのが市民の普通の感覚でした。
その後の裁判も、市民が参加する裁判員裁判で審理されたとしたら、最終的な判断は違った可能性もあり得ると思いますね。
市民の感覚と司法制度の間に、かなりギャップがあるんですね
そうですね。
私の研究のひとつに、「裁判官裁判と裁判員裁判の量刑の比較」があります。
一つの事件が裁判官裁判で審理された場合と、裁判員裁判で審理された場合の、下される量刑のギャップを比較した研究です。
その研究の結果、性犯罪事件の場合に、特に差が大きいことがわかりました。裁判員裁判での量刑の方が遥かに厳しかったのです。
これはつまり市民の人とプロの裁判官の性犯罪に対する刑罰の認識が大きくずれているということですよね。
強制性交等罪(旧・強姦罪)や強制わいせつなどの性犯罪は裁判員裁判の対象にはならないのですか
強姦も強制わいせつも「致死傷」がつかないと裁判員裁判の対象にはなりません。
というのも、裁判員裁判の対象となるのは、「死刑または無期懲役が法定刑に含まれている場合」か、「法定合議事件のうち、被害者が故意の犯罪行為により死亡した事件」となっているからです。
致死傷のつかない強制性交等罪(旧・強姦罪)や強制わいせつは今までも対象外でしたし、今回の改正後も対象に入りません。
このことに関して、外国の研究者から重要な指摘を受けたことがあります。
日本で裁判員裁判の対象範囲を決める議論がされた際、「重大な事件は国民の関心が高いから」というのが重大な事件に限定された理由のひとつでした。
それを知った外国人研究者からこう言われたのです。
「強姦や強制わいせつが裁判員裁判の対象外ということは、“強姦や強制わいせつは裁判員裁判の対象にするほど重大な事件じゃない”という社会へのメッセージになってしまうのではないですか」と。
なるほど、たしかにそうだなと思いましたね。
例えばアメリカは陪審員裁判ですが、レイプ事件は当然ながら陪審員裁判の対象です。
日本でも本来は強制わいせつや強制性交等罪(旧・強姦罪)も裁判員裁判でやるべきだという意見もありえるかもしれませんね。
ただ、裁判員裁判では裁判官だけの裁判より大きな負担を感じる、という被害者も少なくないので、そのことも考慮しないといけませんが。
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<改正点のまとめ>
- 「監護者性交等罪」を新設し、監護者の場合、暴行・脅迫要件がなくとも強制性交等罪(旧・強姦罪)と同様に処罰できるようにした。
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<課題>
- 教師やインスタラクターなどは強く影響力をもつものの、監護者でないため強制性交等罪(旧・強姦罪)を適用するには暴行脅迫要件が必要なままである。