たった一つのサッカーボールが、政府よりも強い力を発揮することがある(スポーツのチカラ vol.3)
連載スポーツのチカラ
開催か中止か、有観客か無観客か、最後まで揉めにもめた東京五輪が、ついに無観客開催というカタチでスタートしました。
世界的なパンデミックで、社会が混乱する中、開催に躍起だった日本政府や大会関係者は“スポーツのチカラ”という言葉を何度も繰り返し発信し、五輪の意義を訴え続けてきました。
しかし、何度も耳にするうちに、「そもそも“スポーツのチカラ”って、なに?」なんて疑問を抱いた人は少なくないのではないでしょうか。
この言葉が多用され、その効力が徐々に薄れ始めた頃、私たちが出会ったのが、レバノンのシャティーラ難民キャンプにあるサッカークラブ“パレスチナ・ユース・クラブ”を支えるメンバーのみなさんです。
中東・レバノンで暮らす難民の子どもたちに、サッカーできる環境を届ける。そんな活動を続ける彼らの語りの中で見えてきたものこそ、まぎれもないスポーツのチカラでした。
シャティーラ難民キャンプのサッカークラブを支える大人たち
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法貴潤子さん普段日本にいる林さんと、シャティーラ難民キャンプをつなぐパイプ役。レバノン在住の日本人を含めた外国人を交流試合に連れて行くコーディネート業務も担当。
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林一章さん日本でサッカーコーチやサッカー選手としてプレーしながらチャリティイベントを開催し資金を集めている。2019年にはシャティーラ難民キャンプを訪れ、子どもたちと交流。
- マジディさんシャティーラ難民キャンプ・サッカー教室のコーチ。自身もパレスチナ難民。
連載スポーツのチカラ
開催か中止か、有観客か無観客か、最後まで揉めにもめた東京五輪が、ついに無観客開催というカタチでスタートしました。
世界的なパンデミックで、社会が混乱する中、開催に躍起だった日本政府や大会関係者は“スポーツのチカラ”という言葉を何度も繰り返し発信し、五輪の意義を訴え続けてきました。
しかし、何度も耳にするうちに、「そもそも“スポーツのチカラ”って、なに?」なんて疑問を抱いた人は少なくないのではないでしょうか。
この言葉が多用され、その効力が徐々に薄れ始めた頃、私たちが出会ったのが、レバノンのシャティーラ難民キャンプにあるサッカークラブ“パレスチナ・ユース・クラブ”を支えるメンバーのみなさんです。
中東・レバノンで暮らす難民の子どもたちに、サッカーできる環境を届ける。そんな活動を続ける彼らの語りの中で見えてきたものこそ、まぎれもないスポーツのチカラでした。
シャティーラ難民キャンプのサッカークラブを支える大人たち
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法貴潤子さん普段日本にいる林さんと、シャティーラ難民キャンプをつなぐパイプ役。レバノン在住の日本人を含めた外国人を交流試合に連れて行くコーディネート業務も担当。
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林一章さん日本でサッカーコーチやサッカー選手としてプレーしながらチャリティイベントを開催し資金を集めている。定期的にキャンプを訪れ、子どもたちと交流も。
- マジディさんシャティーラ難民キャンプ・サッカー教室のコーチ。自身もパレスチナ難民。
それでは最終回(3回目)
スタート!
スポーツのチカラ vol.3「たった一つのサッカーボールが、政府よりも強い力を発揮することがある」
連載の最後を締めくくるのは、シャティーラ難民キャンプの“パレスチナ・ユース・クラブ”でコーチを務めるマジディさんにお話しをお聞きします。
パレスチナ・ユース・クラブは、おもに5歳から15歳くらいの子どもたちが所属するサッカークラブ。レバノンにあるシャティーラ難民キャンプの住人や、キャンプ外からの参加者が、ともにサッカーを楽しむコミュニティです。
コロナ前には、日本など外国からの訪問客と一緒にプレーすることもありました。
難民キャンプという制限された空間に暮らす子どもたちにとって、サッカーとは、スポーツとは、どんな存在なのでしょうか?
プロフィール
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マジディ・マジズーブ
パレスチナ難民として、シャティーラ難民キャンプで生まれる。6歳からサッカーを始め、パレスチナ人のチームでプレーをしてきた。現在、シャティーラ難民キャンプのサッカークラブ「Palestine Youthc Club」のコーチ。2012年からはシャティーラ難民キャンプの女子バスケットボールチームのコーチもつとめる。
取材メンバー
- つむじ
- ふなかわ
- ばんゆかこ
サッカーを通して“生きる”ことを伝える
今日はインタビューの機会をありがとうございます。あまりレバノンやそこに住む難民の方の事情について詳しくないので、失礼なことを言ってしまったら、すみません。
インタビューの機会をありがとうございます。私たちの文化や活動に敬意を持ってくれる人がいるという事を嬉しく思います。
私は、レバノンのシャティーラ難民キャンプのサッカークラブでコーチをしているマジディです。小さいころからサッカーが大好きで、今ではコーチをしています。
ただサッカーをプレーするだけでなく、サッカーを通して私たちの活動、難民キャンプの事、パレスチナ人が置かれている状況を、人々に紹介しています。私たちやパレスチナ人の存在を広めてくれるサッカーに感謝しています。
2012年からはサッカーの指導だけではなく、女子バスケットボールチームの監督もしています。5〜15歳くらいの子どもたちが多いサッカークラブに対して、バスケットボールチームは20歳前後の若者がメインで、コロナ前は海外戦に出たこともありました。
レバノンではサッカーやバスケットボールは人気なのですか?
レバノンで一番人気のスポーツはバスケットボールです。その次に人気なのがサッカーです。
サッカーもバスケットボールも世界の共通言語です。言葉なしでプレーできますし、出身国や、上手い下手なども関係ない。もちろん健康にもいいし、みんなで楽しめます。
レバノンでは、15年ほど前からスポーツの力が見直されています。それまでは、あまりスポーツ教育は重要視されていませんでしたが、今ではスポーツを通して、身体面だけでなく、子どもの精神面や生活態度にもよい影響があると知られていて、スポーツ教育が大切にされています。 その流れで、サッカーのあり方も変わってきています。以前はただのゲームだと考えられていたサッカーの、より本質的な価値に目が向けられているのです。
サッカーは、私たちに新しい居場所や気づきを与え、世界を広げてくれるものです。そして、人々のつながりが増え、人間関係を深めてくれます。日本からカズが来てくれたことがその一例でしょう。世界の人が共通して持っているサッカー精神が、人々のつながりを運んでくれているのです。
かつて16歳以上の大人がレクリエーションとしてやるものだったサッカーを、今では年代限らず、みんなが楽しんでいます。たくさんの子どもたちがサッカーを通して自分たちを表現しているのです。
サッカーが子どもたちに良い影響を与えているんですね。
マジディさんのサッカークラブは、シャティーラ難民キャンプの中にあるということですが、キャンプの中にサッカー場があるのでしょうか?
約2万人の人が暮らすシャティーラ難民キャンプには、サッカー場がひとつだけあります。ただ、私たちが所有しているものではないので、毎回レンタルしています。日本にいるカズさんが交流試合のサッカー場レンタル料を寄付してくれるお陰で、子どもたちと外国人も含めたキャンプの外の人が一緒にサッカーを楽しむことができています。
参加しているのは難民キャンプの子どもたちですか?何人くらい参加しているんでしょうか?
キャンプの中からも外からも来ます。60〜70人くらい参加していますね。
私たちのサッカークラブでは、国籍に関わらず、全ての子どもを歓迎しています。※
コーチとして心がけていること、大切にしていることはなんですか?
子どもたちにとって大切なのは、しっかり食べて、学校で勉強をして、そして遊ぶこと。これがしっかりできないと、子どもたちの素行が悪くなり、人をいじめたりするかもしれません。そうならならないために、子どもたちが何かに夢中になれる場所を与えたいと思っています。
私がサッカーを通して教えていることは、試合に勝つことではありません。生きることそのものであり、それは社会的に意義があると信じています。 サッカーをしている間は、シリア人はシリアで何があったか忘れることができますし、パレスチナ人は先が見えない行き詰った日常を変えることができるのです。
私たちの子どもとの向き合い方は、他のクラブとは違うかもしれません。
子どもには「サッカーをしたい子は、宿題をしっかりすること。そしてお父さんお母さんに感謝すること」と伝えています。
必ず子どもの家族とも連絡を取り合うことにしていて、子どもたちが家や学校でも、どう過ごしているのかを把握するようにしています。
私たちは、子どもたちが社会で活躍し、社会を救える人になってほしいと願い、彼らの教育に貢献したいと思っています。
サッカーを続けたいなら、学校にしっかり通ったり、両親に感謝したり、フィールドの中でも外でもいい子にしていないといけない。もし約束を守れないなら、サッカークラブを辞めること。
こうしたルールがあるので、サッカーやサッカーを通して得た仲間を失いたくない子どもたちは、私との約束を理解し、フィールドの内でも外でもいい子にします。
スポーツコーチ…というよりも、教育者ですね。
いつも子どもたちには「お父さんとお母さんに見にきて貰うといいよ」と言っています。そして見に来た親御さんは、いつも感動していますよ。「うちの子どもがこんなに楽しそうしているなんて、信じられない!」ってね。
自分の子どもたちが笑ってボールを追いかけて、たくさんの友達とサッカーを楽しんでいる。それを見た両親は幸せになります。
女性が幸せになれば、社会が変わる
ちなみにサッカークラブの男女比はどのくらいなんでしょうか?
じつは、全員男の子です。アラブの伝統も影響しているのですが、キャンプの中では、今でも女性に対する偏見があるんです。「女性は家にいて、キッチンを担当するものだ」という考えがあるので、女の子はなかなかサッカーをさせてもらえないんです。
でも、それは間違っています。もし社会を変えたいと思ったら、女性の問題を解決しなければなりません。もし女性が抱える問題を解決できたら、女性がもっと幸せになります。幸せな女性は、良い家庭を築き、良い家庭を築けたら、良い社会が築けます。
女性は社会を変えるキーになると思うのです。男性よりもね。なので、スポーツを含めて、良い教育を、女性にも与えないといけません。
伝統的な考えを変えるのには時間がかかりますが、女の子が1人スポーツを始めると、他の女の子も影響されます。少しずつですが、続けていくことで変化が起こってきていることを、実感しています。
マジディさんは、サッカーの他に女子バスケットボールチームのコーチもつとめているんですよね?バスケをしている女の子たちの様子も聞かせてもらえますか?
私は2012年から、女子バスケットのコーチをしています。コーチを始めた当初に教えた子どもたちの多くは、二十歳前後になった今でもバスケを続けています。
なぜ彼女たちがバスケを辞めないかわかりますか?彼女たちは、バスケを“チャンス”だと捉えているんです。バスケを辞めたら、家に戻って家庭に入らないといけないかもしれない。バスケを続けることで、世界への扉が開かれる。彼女たちは、そのチャンスをできる限り生かそうとしているんです。
ただの娯楽、ではないんですね。
そしてまた、彼女たちに対しても、バスケの技術だけではない、さまざまなことを教えています。社会的なプロジェクトを行ったり、自尊心を高めたり、ライフスキルを学んだりする機会も作っています。
女の子たち一人一人は、何にだってなれるんです。コーチにも、教師にも、いい母にもなれます。私たちは、彼女たちがよりよく生きるための教育をしています。
バスケのスキルを学ぶだけじゃなく、生きる知恵も学べるんですね。
はい。スポーツを通して、子どもたちは学び、未来を描くことができるのです。
人々が、サッカーでつながる日が来ることを信じて
サッカーのお話に戻るんですが、レバノンで「パレスチナ難民として」サッカーをすることの困難などはありますか?
レバノン政府は自国民の扱いも良くないのだけど、パレスチナ人の扱い方はもっとひどいです。
そもそも、パレスチナ難民はレバノン人のチームでプレーさせてもらえません。レバノンのサッカーチームで、パレスチナ難民がプレーできたことは一度もないんです。
シリア、ヨルダン、イラクなど他の国では、ナショナルチームにパレスチナ難民が参加することがあるんですが、レバノン政府はそれを許してくれません。バスケットボールでも同様です。
人々を分断するこのやり方は、レバノン政府の悪い部分だと感じます。スポーツを通して、人々を一つにしようという動きはあるのですが、なかなか難しいですね。
私個人としては、国籍は気にしません。カズさんとやっている日本とのプロジェクトもありますし、シリア難民をはじめ、エジプト人、イラク人、レバノン人などたくさんの国籍の人が、私たちのクラブには在籍しています。
スポーツの良さは、シンプルに、人が集まったら一緒にプレーをして楽しむことができること。どの国の出身かを聞く必要もないし、気にもしません。私たちはスポーツを通してお互いを認め、サッカーを楽しむことで、愛し合うことができると思います。
周りの人たちが、難民である私たちに「ここに居てほしくない」と言うこともあります。私たちは、レバノン社会からの分断、地元コミュニティとの関係、コロナ禍ではそれに加えて厳しいキャンプからの外出制限などいくつもの問題を抱えているのは事実です。それでも私たちは、他の人を差別的には扱いません。平等の意識と尊敬をもって、全ての人と接します。
そして、サッカーを通じて、人々がつながることができる日が来ることを信じています。
難民キャンプでの苦難をシェアしてくれてありがとうございます。知らないことがたくさんありました。スポーツを通して、少しでも状況が良くなることを願っています。
昨年年以降、コロナが流行していますが、難民キャンプやサッカークラブにはどんな影響がありましたか?
コロナは全世界に影響をもたらしていますよね。レバノンにも大きな影響がありました。感染のリスクから、全てのスポーツ活動は中止になっています。特にサッカーは団体競技ですし、高リスクですしね。
外国からサッカーしに来る来訪者もしばらくありません。今はすべてが止まっていて、フィールドに戻れる時を待ちわびています。
(2021年1月の取材当時。現在、子どもたちの練習は再開している)
難民キャンプの子どもたちに夢を運んできてくれる、スポーツのチカラ
マジディさんは、そもそもなぜサッカーコーチになったんですか?
それは、長い話になるよ(笑)
簡単に話すと、私は6歳からサッカーを始めて、その頃からサッカーが大好きでした。ずっとパレスチナ人のチームでプレーしていたのですが、20歳くらいからコーチを始めて、今49歳までずっと続けています。
たくさんの仕事を同時に抱えているんですが、シャティーラ難民キャンプのサッカークラブの指導は、「スポーツを通じて、子どもたちを教育する」という自分自身のミッションのためにやっています。バスケットボールコーチをやっているのもその理由です。
ただ、正直にいうと、サッカークラブも女子バスケットボールチームも、はじめは自分の子どものために作りました。自分の目の届くところに子どもをおいておくことができますし、息子や娘にはスポーツに関わってほしかったんです。ありがたいことで、それが功を奏して、息子たちはサッカーにのめりこんでいます。でも、娘は思った通りにはいきませんでしたね。スポーツを通して未来を切り開いてほしかったのですが、10代のうちにシリア人と結婚しちゃいました(笑)
とても早くに結婚したんですね!
難民キャンプの女性は、10代の若いうちに結婚する子が多いんですが、バスケットボールチームの選手は、みんな大学に進学したり、早期には結婚せず自分の人生を歩んでいます。
カズさんにもインタビューをしたそうだけど、彼との出会いもわたしにとって大きなものでした。2年ほど一緒に活動していますが、彼の活動は素晴らしいです。彼は世界のたくさんの子どもの面倒を見ているんですよ。シリア難民、パレスチナ難民、ブラジルまで。
たった一つのサッカーボールで、彼は子ども達に友情を教えています。物理的な距離は関係なく、少しでも世界に平和をもたらしたいと思っています。一緒に活動できて嬉しいです。
サッカーをすることで、子どもたちの世界の見方、自分の将来への見方を変えていると思いますか?
はい、yes, yes, yes, yes!100%そうだと思います。
子どもを変えるのは、罰を与えることではありません。彼らはサッカーをすることに幸せや喜びを感じています。罰ではなく、彼らが愛しているもの(サッカー)で教育をすることができます。人生をより良い方向にガイドすることができるんです。
スポーツを通して、子どもたちは未来に希望を持ち、夢を描くことができます。難民キャンプには、薬物など悪い方向に走ってしまう危険がたくさんありますから、サッカーの役割は大きいと思います。
例えば、子どもたちはどんな夢をもっているんですか?
女子バスケットボールの選手たちの話だと、7年前にバスケを始める前、彼女たちは自分たちの将来を描くことができませんでした。でもスポーツと関わって、自分で人生を描くことができることを知った彼女たちは今、大学に通っています。
教師を目指している子、医者を目指している子、銀行に勤めたい子、看護師を目指している子がいます。もしスポーツをしていなかったらこのような未来は描けていないと思います。
すてきなストーリーですね!
スポーツには大きな力があります。
紛争解決にもスポーツが使えると思います。スポーツで国家間や人々の間にある壁を壊すことができると信じています。たった一つのサッカーボールが、政府よりも強い力を発揮することがあるんです。
私自身の夢は、私はスポーツを通して社会を救うことです。
私はいつか死にます。だから、人に、この想いを伝えていかないといけません。フィールドに来て、サッカーをすることで伝えていくのです。
私は今、とても幸せです。自分のやっていることにやりがいを感じていますからね。
ご支援ください
元プロサッカー選手・林一章さんは、日本でチャリティフットサルなどを開催し、世界の困難を抱える地域に住む子どもたちに、サッカーをする環境を届けるための資金集めをしてきました。しかし、新型コロナによって、1年以上活動休止を余儀なくされています。
子どもたちが思いっきりサッカーを楽しめる環境を守るため、みなさまからのご支援をお待ちしています。
ショッピングで応援する
そんななか、新たにスタートしたのが“Bola de Amizade”というブランド。Tシャツやトートバックなどを販売していて、その収益の一部は、子どもたちがサッカーをするために使われます。
オンラインショップへ寄付で応援する
お振込での寄付も募集しています。
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金融機関 | 百五銀行 |
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支店 | 高茶屋支店 |
口座 | 普通預金 746669 |
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