花魁に魅せられた大学生が、スウェーデン留学で気づいた「なんでないの?」/福田和子さん
「#なんでないの プロジェクト」って、聞いたことありますか?
ニッポンの性教育連載第2弾は、「#なんでないの プロジェクト」代表の福田和子(ふくだ・かずこ)さんにお話を伺います。
#なんでないのプロジェクトのwebサイトを訪れてみると、“日本の避妊は ないものだらけ。”というメッセージとともに、日本ではまだ認可されていないけれども、海外では一般的に使われている様々な避妊グッズが並べられています。
#なんでないのプロジェクトは、「セクシュアル・ヘルス(性の健康)」を守りたくても守れない、日本の現状に疑問を持ったひとりの女子大生が「自分たちの今を変えよう」と立ち上げたプロジェクト。どんな状況の人でも、頼れる情報を元に、充分な選択肢の中から、納得できる選択ができる環境作りを目指しています。
具体的には、日本の性をめぐる社会環境に関する啓発や、環境改善のための政策提言、緊急避妊薬(アフターピル)※の普及を求める署名活動など、「性の健康」に関わる様々なアクションに取り組んでいます。
#なんでないのプロジェクトの発起人は、2019年に国際基督教大学を卒業した福田和子さん。現在はスウェーデンの大学院で、公衆衛生医療政策を学んでいます。
チャリツモライターのばんとは大学の同窓生。2人は学内のイベントで何度か話したことがある間柄でした。
今回は、そんなよしみでチャリツモ事務所にお誘いし、#なんでないのプロジェクトについてざっくばらんにお話をお聞きしました。
- 聞き手はばんゆかこです!
ここから
インタビュー!
留学先で気づいた、日本の「なんでないの?」
お久しぶりです。大学内でちょっと話した以来かな。そのころはまだ#なんでないのプロジェクトをはじめる前でしたよね。
「#なんでないのプロジェクト」を始めるキッカケになったスウェーデン留学の前だったので、その頃はまだこうした活動はしていませんでしたね。
今では新聞やウェブニュースなど、いろんなところで活躍しているのを見ます。「#なんでないのプロジェクト」ってインパクトのある名前ですね。どんな想いでやっているんですか?
ありがとうございます。日本の特に若い人がセクシャル・ヘルス(性の健康)を当たり前に守れる社会になってほしいという思いでやっています。
立ち上げから一人でやってきて、社会への問題提起や政策提言などがメインの活動です。「一緒にやりたい」といってくれる人とチームでイベント開催などをすることもありますね。
プロジェクトを始めたキッカケを、くわしく聞いてもいいですか?
先程もお話した、学部生時代のスウェーデン留学中の2つの体験がキッカケです。
1つ目は、ピルをもらおうと思って病院に行った時。
それまで避妊といえばピルくらいしか知らなかったのですが、目の前にたくさんの避妊法がバーっと提示されたんです。
今まで知らなかった避妊法がたくさんあって、「スウェーデンと比べて私たちの国には選択肢がぜんぜん無いんだ」と感じました。
2つ目は、アフターピルが薬局で1000円くらいで売っていたことです。
アフターピルって病院でもらえる1つ何万円もする薬だと思っていたので、安い値段ですぐ手の届くところにあることが衝撃でした。
日本では、値段も高いし、病院に行って処方箋をもらわないと買えません。「日本にはアフターピルにアクセスできなくて不安な思いをしている人が、この瞬間にもめっちゃいるんだよな」と思ったら、すごく辛い気持ちになったんです。
日本との違いに衝撃を受けたんですね。
そうですね。すごいギャップだな、と思いました。
日本と違う点は、他にもいくつもありました。例えば性に関する情報の格差です。
ヨーロッパだと、国や産婦人科医の協会などが、インターネット上で良質な情報を発信していて、必要なときに正しい情報に簡単にアクセスできるんです。
しかも、避妊に関するものだけじゃありません。関係性の構築とか、LGBT、DV、性感染症、妊娠、性的合意についてなどなど…。さらにセクシュアル・プレジャー(性の快楽)に関する情報なども入っていて、性に関する包括的な情報源になっているんです。
それを学校の性教育での活用はもちろん、個人でも必要なときに情報を得ることができます。
えー、そうなんですね、見てみたい!
#なんでないのプロジェクトのWebサイトに、各国のページをまとめているんですよ。
おお!海外の性情報のサイトはデザインもかっこよくて読みやすいですね。
日本だとネット上に、あまり信頼できる情報源がないですよね。ちゃんとした情報源があればいいのにな、と思っています。
ちなみに私は、次の3つがそろって、初めて「性の健康」が保たれると考えています。
(1)信頼できる情報源
(2)避妊具の選択肢
(3)情報や選択肢、必要なケアにカンタンにアクセスできる環境
なるほどね。学校での性教育も確かに大切だけど、実際に問題に直面した時にアクセスできる情報がインターネット上にあるとすごくいいですね。
そうなんですよ。でも、日本では管轄する厚生労働省が包括的な情報提供をしていません。
個々の病院が情報発信していることはありますが、病気のことだけに限定されていて、人と人の関係性の部分までは触れられていません。
製薬会社は薬のことだけを発信して、性暴力に関する団体は性暴力の話だけ、というように情報発信の仕方がバラバラです。
性の問題は、とても広い領域にまたがっています。だからこそ、日本でも包括的な情報提供が必要だと思っています。
吉原遊廓の研究からスウェーデン留学へ
外国に出たことで、日本にないものに気づけたんですね。留学前は、性教育や性の健康について関心はなかったんですか?
実はもともと、吉原遊廓※の歴史をずっと勉強していたんです。ここ(チャリツモの事務所がある)三ノ輪には彼女たちのお墓があるから、よく来ていました。
へぇー!ちなみになんで吉原に関心を持つようになったんですか?
これはちょっと下らないんですけど(笑)…昔テレビで、成人式で花魁風の衣装※を着るのが流行ってる、っていうのを特集してたんです。それを見て、「かっこいい!」と思って親に言ったら「なんで成人式にその衣装を着るのか、私には分からない」って言われたんです。
親の発言の意味がわからなかったので調べ始めて…。そこで初めて、吉原遊廓のことを知ったんです。
実際の花魁の写真も明治期に撮影されたものを見たのですが、格子越しに並んで座る彼女たちと、成人式ではしゃぐ女の子たちの間には大きなギャップを感じました。
そこから花魁や吉原の勉強にはまって、在学中、そこで生きた女性たちの日記や手記を沢山読んで、吉原にも頻繁に通いました。
じゃあ、留学前から日本の性文化には詳しかったんですね。
詳しいとまで言えるのかはわかりませんが、江戸時代の遊廓から現代までの日本の性産業の歴史はずっと勉強してきました。
そこで見えてきたのは性産業に従事する女性たちの立場は、その時その時の政策にすごく左右されてきたということ。救済の対象とされた時代もあれば、社会の邪魔者として排除された時代もある。戦後、米兵から日本の「一般」婦女子の純潔を守る「女の特攻」として持ち上げられたこともあるんです。
こうして私は性産業について学ぶことで、「政策」に関心を持つようになりました。
なるほど。だから今、政策提言などの政治へのアプローチも積極的に行っているんですね。ところで、スウェーデンでは性産業に関して、どのような政策が取られているのでしょう?
実はスウェーデンは1999年に世界で初めて性的サービスを買う人が罰せられる法律が施行された国なんです。売る側ではなくて。
この法律自体は賛否両論があり、私自身もまだ学びの途中ですが、「そういう法律が通る国はどんな国なんだろう」と思い、スウェーデンに留学することにしたんです。
でも行ってみて気が付いたことは、性に関わる仕事をしているかどうかに関わらず、日本では誰の「性の健康」も守られていないじゃん!ということだったんです。
行き届かない性教育。遊廓での苦しみ繰り返さないで
スウェーデンに行く前から、日本の性教育に関して、思うことがなかったわけではありません。吉原でも流行していた「梅毒」※が、最近また日本国内で流行しているというニュースなどを聞くたび、日本の性教育の不備は感じていました。
東京都内の梅毒患者数の推移
かつて、吉原遊廓に連れてこられた女性たちがお店でお客をとって働くのは10年ほどでしたが、その間に平均3回ほど妊娠したと言われています。
当時は今のように性能の高いコンドーム、ましてやピルなんてありません。和紙を入れるとか、水とお酢で割った水で洗うとか、そういう原始的な方法しかなかったんです。
そりゃあ病気も蔓延するし、妊娠するよなあ、って思いますよね。
結果、重労働に加え、梅毒をはじめとした性感染症や、危険な中絶で命を落とす人も多かった。三ノ輪の新吉原総霊塔※には、2万人以上の女性たちが眠っていて、亡くなった平均年齢は約21歳です。
遊廓が栄えた時代には、科学や教育、社会インフラがまだまだ未成熟で、ある程度どうしようもなかったんだと思います。
でも今は違う。教育制度も整って、予防・治療の知識、医療技術があって、女性が使えるより確実な避妊法だってたくさんある。だから、昔吉原で繰り返され続けた悲劇はもうなくなってもいいはずなんです。
それなのに「性」が関わるというだけでフタをされ続け、避妊の主導権は昔からずっと男性に握られたままで、避妊や中絶の選択肢もまともに与えられていない。それが悲しくて、悔しくて。
留学をキッカケに、そうした日本の現状に改めて気づいたときは、ショックでしたね。その時の衝撃が、いまの私の原動力になっているように思います。
たしかにショックですね…。ちなみに不勉強で恐縮なんですが、梅毒ってどんな病気なんでしょうか?
梅毒は性感染症の一つで、症状がわかりにくい病気なんです。最初はシコリができて「どうしたんだろう?」って思っていると、ひどくならずに一旦引く。それで治ったと思ってしまう人が多いんです。
でも病気は確実に進行していて、次は体に赤く薄い斑点が出るけれど、それがまた引いて…というのを繰り返します。そのうちに、腫瘍ができて、なんと脳や臓器まで侵されてしまうんです。
病気が進むと、腐って体がポロッととれてしまうと言われていて、江戸時代などはよく「鼻が欠ける」という記述で梅毒患者を表現していました。
今の技術では、早期治療することで完治できますし、現代において鼻が欠けるまで放置されることはまずないと思いますが、少しでも不安があれば早めに検査することが大切です。
知らないと、ヤバいとも思わず進行してしまう病気なんですね。恐ろしい。ちなみに、福田さんは、性産業自体についてはどう考えているのですか。
うーん、私自身には、賛成とか反対とか言う資格もないと思っています。
吉原の遊女さんたちの日記を読んでいると、本当にいろんな人がいるんです。
もちろん、騙されて連れて来られて「地獄の日々」っていう子もいます。
一方で、本当に貧しくて空腹をしのぐために奉公先の飼い犬の残飯を食べちゃって悔しくて泣いていた子が、吉原に来て初めてちゃんとしたご飯を見たなんて日記も残っている。
遊女さんたちも、それぞれ事情を抱え、いろんな気持ちを抱いていたんですね。
ただ、そのプロセスになんらかの強要や搾取があってはいけないのは当然です。女性が貧困に陥りやすいとか、性暴力の被害にあいやすいという社会構造は変わらないといけません。
それに、性産業に従事したのだから性感染症や望まない妊娠をしても仕方ない、などということは決してありません。彼らが少しでもリスクを下げやすい社会であることも必要だと思います。
10代の中絶は1日40人。選択肢のない状況は、変わるべき
#なんでないのプロジェクトのwebサイトでは、日本では認可されていないけれど、海外では当たり前に使われている避妊具がたくさん紹介されています。世界では選択肢が増えているのに、日本ではぜんぜん認可されていなかったり、そもそも知られてもいないのは驚きでした。
そうなんです。昔と比べて今は、99%以上の確率で避妊できる方法が世界中にたくさんあります。にもかかわらず、日本では新たな方法が認められず、選択肢は少ないまま。
一方で、日本では妊娠した人の6人に1人が中絶しているという現実があります。10代の女の子に限ると、1日に40人も中絶しています。
40人も。思った以上に多いですね。
日本は中絶の方法も前時代的です。
今や妊娠初期であれば、多くの国で経口中絶薬による中絶が認められ、母体にあまり負担無く中絶できます。しかし、日本では認可されていません。
手術に関しては、比較的母体に負担の少ないMVAという吸引式の方法が日本で認可されました。それでも、WHOが「時代遅れ」「安全でない」と指摘する金属棒で子宮から掻き出す形の中絶手術(掻爬術:そうはじゅつ)をいまだ採用する病院も少なくありません。それではお金もすごくかかるし、子宮が傷つくリスクもあります。「中絶すると妊娠しにくくなるかもしれない」とよく言われますが、それはこの掻爬法という昔のやり方によるものです。
そうした状況下で、毎日多くの若い子が中絶をしているというのは、なんか納得がいかなくって。
日本だと経口中絶薬は認可されてないんですね。
そうなんです。そもそも日本では堕胎は違法です。刑法の中に堕胎罪という犯罪があるんです。でも、経済的、身体的困難がある場合やレイプの結果の妊娠の場合のみ、母体保護法指定医だけが中絶をしていいことになっています。
だから、妊娠した女性本人含め、指定医以外のひとが薬などで堕胎をしたら、それは犯罪なんです。
私が普段住んでいる南アフリカでも、妊娠初期段階の中絶では飲み薬が使われていますよ。
社会の認識としては「妊娠初期段階で子どもを産むか否かは、母体の権利だ」という感じです。
中絶薬や、より確実な避妊法が普及しているのは、なにも「先進国」だけではありませんよね。アフリカやアジアにも既にあるにも関わらず、日本では認可が遅いんです。
なんらかの形で中絶が合法の国であるにも関わらず、中絶薬がない状況は、世界的に見ても特殊だと思います。
なんで日本にはないんだろう?
本当に「なんでないの?」って思っちゃいますよね。
日本では妊娠初期でも中絶の方法が手術しかなくて、手術費は10〜15万円ほど。保険もききません。
経済的な理由などから中絶できず、どうしようもなくてトイレで産んでしまった。そしたら赤ちゃんが死んでしまって殺人罪、そんなニュースもしょっちゅう聞こえてきます。
いつまでもこんな状況で、本当にいいのでしょうか?
学生の場合は、妊娠して学業の道を閉ざされることもあります。妊娠した高校生のうち、約1/3は学校を辞めています。表面上は自主退学ですが、本人が勉強を続けたいと言っても、学校側が拒否するケースもありました。
しかも辞めるのは女子の方だけというケースがほとんどですもんね。
男子の方も謹慎くらいにはなるかもしれないですけどね。女性だけが辞めることが圧倒的に多いです。
「妊娠」がきっかけで社会からはじき出されてしまった子をどうやってサポートするかという議論も本当は必要だと思いますが(そもそもはじき出されない社会が一番ですが)、日本ではまだまだ自己責任論が強いように感じます。でも、本当に自己責任で済ましていいのでしょうか?
避妊の選択肢を奪うのは、暴力だ
#なんでないのは、活動を初めて1年半くらいですが、活動をする中で「なんでないの?」の答えは見えてきたのでしょうか?
答えはたくさんあることがわかってきたんですが、一言でいうと、男性が中心の社会の中で、女性の性に関する健康が、全く大事にされてこなかったからだと思っています。その結果の一端として、女性が選べる避妊方法が極端に限られているという問題がある。
さらにその構造に気づかないように教育がなされています。
日本の教科書で「避妊」に関する説明としてはじめに紹介される避妊法はコンドーム。その次にピルが載っています。
・コンドームは副作用がなくて、ピルはある。
・コンドームは手軽に買えるけど、ピルは病院に行かないといけない
というような説明がされているのです。
これもツッコミどころはいくつもあって、コンドームだってラテックスアレルギー※の人は使えないし、「コンビニで気軽に買える」とかアクセスの良い悪いは国が整備するかどうかの問題ですよね。
海外では学校の保健室にコンドームだけでなく、ピルも常備して無料でもらえる国もあるんです。そこまでしたらアクセスのしやすさに違いなんて出ません。
ピルに関しては1960年代に開発されて以降、世界各国で普及していたのに、日本で経口避妊薬として認可されたのは1999年。国連加盟国(189か国)の中で一番認可が遅かったんです。
そうなんですか!189カ国の中で一番最後だったとは、知りませんでした。
ピルの認可については、それ以前から国会でも議論されていたんですが「コンドームをしっかり使えば、避妊法として十分である」という見解が主張され続けていたんです。
今こうやって#なんでないのプロジェクトの活動をしていても「コンドームは避妊も性感染症予防もできる十分な方法なのに、なんでほかの方法が必要なの?」と言われることがあります。
でも下の図にあるように、コンドームの失敗率は一般的使用で18%ですよ?100人が1年間普通に使ったら、18人がなんらかの形で避妊に失敗するということです。しかも日本では、正しい使い方すら教えられていないので、私としてはとても不安です。
これを十分と言っていいのですか?
女性にとっては5%だって、1%だって不安になるんです。それなのに「失敗率18%でも成功率十分!」と言ってしまう姿勢はどうなのかな、と思います。
でも、こういう反論が全く出てこなかったのも、意思決定の場に女性がほとんどいなかったり、妊娠が女性にとってどれだけ大きなことか伝わっていなかったりと、いろんな要因があると思います。
失敗率18%は決して低くはないですよね。それにしても、日本にはコンドーム神話みたいなものがあるんですね。
コンドームが完璧だと思っている人は本当に多いです。コンドームを使用してたのに妊娠しちゃった子が相手に言っても「コンドームをしてたから俺じゃねえよ」なんて話にまるケースもあります。コンドームをしていても避妊に失敗して妊娠することはあるし、正しい使い方をしていなかったらなおさらです。
現在、世界的には「コンドームで性感染症を予防して、避妊は別の方法が必要だ」というダブルメソッドが勧められています。
ピルや他の避妊法の話をすると「性感染症が増えるだけじゃん」って言われることもあるんですが、なんで避妊の確実性と、性感染症の蔓延が、天秤にかけられないといけないのでしょうか?
天秤にかけるんじゃなくて、両方使って、両方防ごうよ、って私は思っちゃいます。
妊娠のリスクのことは棚に上げ、「コンドーム以外の避妊方法の選択肢を奪うことでしか、性感染症を防げない」と思われいるのだとしたら、なんて残酷なことだろうと思います。
しかも、梅毒やヘルペスなど一部の性感染症※に関しては、コンドームが必ずしも感染可能性のある場所を隠しきれるわけではないので、リスクは下げられても、確実ではない。
だから、「コンドームを使っているから性病検査にはいかない」というのも間違いです。
ピルとコンドーム、どちらも使って、検査もきちんとしないと安心とは言えませんね。
性感染症検査は保健所で匿名、無料で受けられますしね。
以前、アフターピルの普及・啓発のキャンペーンをした時には、こんなメッセージをもらいました。
「彼氏がコンドームを付けてくれなかったとき、アフターピルをもらうのがものすごく大変で、女性がどれだけ無力なのか知りました。お願いだから男性のみなさん、コンドームを付けてください」
この無力感…明治時代じゃないんですよ?
男性がコンドームをつけるのは、当たり前であってほしい。でも、もし男性が突然気を変えて外してきたら?破けちゃったりして失敗したら?
…THE ENDって、あんまりじゃないですか。
最近は、「避妊をさせないこと」も暴力の一形態として認識されつつあります。例えば、相手にピルを飲ませないとか、ピルを奪ってしまうとか、そういった行為は暴力になるんです。
でも、考えてみてください。日本ではそもそも国家がより確実な避妊法へのアクセスを制限しているんですよ。
過激な言い方になってしまいますけど、その定義でいうと、日本の状況は「国家ぐるみでの女性に対する暴力」が常態化していると言えなくもないですね。
とても過激な言い方になってしまいますけど、そう捉えることもできてしまいますよね。
世界にはたくさんある避妊法が、日本に入ってこないのは“市場”がないと思われているから?
先ほども話に上がった低用量ピル。認可されてから20年目を迎えますが、普及はしているんでしょうか?それほど使われてる印象はないんだけれど…。
実は今、ピルの普及率って4%しかないんです。販売会社が試算していた普及率が10%ですから、予想を大幅に下回る普及率です。おかげで製薬業界から「日本の女性の避妊市場は売れない」と思われている節もあります。
そうなんだ。そこで市場の話もでてくるのね。
世界には、ピル以外にもたくさんの避妊具があります。月額換算すればピルよりも安価で、効果が長く続くものも多いです。でも、市場として見られないとまず製薬会社が動かないじゃないですか。そうなると、新しい避妊法がいつまで経っても入ってこなくなってしまいます。
主な避妊方法の日本での認可状況
方法 | 世界初承認 | 日本の承認 | かかった時間 |
---|---|---|---|
経口避妊薬(ピル) | 1960 | 1999 | 39年 |
インプラント | 1984 | × | – |
銅付加IUD | 1988 | 1999 | 11年 |
注射 | 1971 | × | – |
スポンジ | 1983 | × | – |
ミレーナ(IUS) | 1990 | 2007 | 17年 |
女性用コンドーム | 1993 | 製造なし | – |
アフターピル(3日有効) | 1999 | 2011 | 12年 |
アフターピル(5日有効) | 2010 | × | – |
シール | 2002 | × | – |
腟リング | 2009 | × | – |
スカイラ(小型IUS) | 2013 | × | – |
※バイアグラ | 1998 | 1999 | 6ヵ月 |
ピルが普及しない理由はなんなのでしょう?
漠然とネガティブなイメージがあるということと、値段が高いことがあります。
特に若者に対しては他の国だと無料か、高くても数百円で買えるところが多いのですが、日本では避妊が目的の場合完全自費なのでだいたい2,000~3,000円くらいするんです。
漠然とした不安っていうのは、副作用の話ですか?
副作用それ自体というより、いろんな社会事情が重なって、ネガティブなイメージが生み出されてきてしまった部分もあると思います。
1960年代後半以降、アメリカで始まったウーマンリブという女性解放運動が世界中に広まりました。当時は中絶禁止の国も多く、ピルは女性解放のシンボルとして大歓迎されたんですね。
ところが、当時の日本のウーマンリブは、世界の流れと逆行していました。日本では一団体を除き、すべてピルに反対したんです。
背景としては、当時の日本は実質的に中絶が合法的にできる世界でも珍しい国だったのですが、「ピルが承認されたら中絶が禁止になるのでは」という心配があったり、他にも「ピルを飲ませてお金儲けしたいだけでは」という製薬会社への不信もありました。
また、こういう考えは今も残っている気がしますが、女性が避妊をすることに対して、「女性が自立できる」という捉え方ではなく、「男性にとって都合のいい存在に成り下がる」という捉え方もあった。
それに、薬でコントロールという「不自然」なことをしてまで避妊をするよりも、中絶という方が受け入れられていた部分もあります。
男性向けの週刊誌などでは、ピルを飲むことで女性が自分の体をコントロールできるようになることを「妊娠の恐怖を使った女性支配の終焉」、「女性上位革命」などと形容しました。
女性が「ピルさえ飲めば、誰とでも何回でも妊娠を恐れずにセックスをひたすらエンジョイできることになる」と大いに恐れていたのです。
国の審議でさえも「認可されれば女性の性行動が活発になり性感染症の蔓延が危惧される」と本気で議論されていたくらいです。
男性が力を握る社会において、ピルを飲む女性へのこうした意味づけは、女性たちにとって大きなハードルだったと思います。
でも、実は70年代以前から日本にはピルがあったんです。避妊用ではなく、月経困難症等の治療として認可されていた中高用量のピルです。
これは今主流の低用量ピルよりホルモン含量が多くて副作用が強いもの。それでも、セックスワーカーをはじめ、より確実な避妊を求める女性たちは、それを避妊目的に使っていました。
世界では70年代には低用量ピルが開発され使用されはじめていたので、それが日本でも認可されれば女性たちはより安全に避妊できるはずでしたが、国は「低用量ピルの安全性が不明瞭」として認可せず、女性たちはよりリスクの高い中高用量ピルを飲み続けるしかなかったんです。
こうした様々な背景があり、ピルに関して「副作用が大きい薬」というネガティブなイメージが持たれ、それが今も継承されているのかもしれません。
単に「ピル」って呼んじゃうと、中用量とか低用量とかもわかんないですもんね。
そうなんです。私たちの親世代ってまさに中高用量ピルの時代の人だから、そのイメージでピルに否定的な女性も多いんだと思います。漠然とした不安が独り歩きしている状況です。
さらに、1999年に日本でピルが承認されるまで、何度も申請が却下されたので、「承認されないってことは、安全じゃないんじゃないか」ってとらえる人も増えますよね。
そうした漠然とした不安感が社会全体にこびりついていると思うんです。薬に関する事実そのものよりも、イメージが影響している部分が大きい。そしてそれ乗り越えるだけの情報や教育も不足してる。
たしかに、私もピルに対しては何となくのイメージしかなくて、実際のところ、どういうものかは全然知らないな。そういえばこの前「ピルは化学物質だから絶対ダメ!」って主張している人に会いました。
そうした勘違いも多いですよね。ピルに使われているのは、人工的に作ったプロゲステロンとエストロゲン。これはもともと体内にあるホルモンです。黄体ホルモンと卵胞ホルモンと呼ばれるものです。
初めて知りました!ピルを誤解していたり、よく知らないまま敬遠している人は多そうですね。
日本ではピルなどの避妊薬に関しては、副作用とか体への負担についてさかんに言われてきましたから、誤解してしまうのも仕方ないかもしれません。
その反面、中絶手術についてはWHOが「安全でない」としている「掻爬術(そうはじゅつ:掻き出す形の中絶)」が日常的に行われていることに、誰も何の文句も言わないのが不思議です。
たしかに、なんかダブルスタンダードですよね。うーん…納得いかない。
性の健康という領域に関しては「なんでなの?」ってもやもやすることばかりです。
私は「ピルやコンドーム以外の避妊方法にアクセスしたい」と思うのが私だけなのであれば、声をあげようとは思いません。今の状態で、皆さんが満足しているなら、それでいいんだと思うんです。
でも、日本の女性たちが世界に存在するたくさんの選択肢を知らされてもいないというのはおかしい。だからこそ私は、本来提示されるべき選択肢を、多くの人に知ってもらうために「#なんでないのプロジェクト」をやっています。
いろんな考え方の人がいるので、反対意見、いろんな心配の声もあっていいと思いますし、そのほうが健全です。ただ、知ること自体が大切で、知った後で避妊の選択肢はどうあるべきか、議論が起こることが一番の望みです。
もしかしたら、認可を後退させる可能性も。今はない選択肢を知らせることのジレンマ
#なんでないのプロジェクトを始めて1年経ちますが、前進しているな、と思うことはありますか。
そうですね。メディアやSNSなどで注目されることが多くなっていて、ありがたいと思っています。
メディアに注目されて、多くの人が知るきっかけが増えることは良い流れですね。
メディアの取り上げ方もなかなか面白いんですよ。卒業論文を書くときに、国会図書館などで調べたのですが、低用量ピルに関しては認可される前から、めちゃくちゃたくさんの記事が出ていたんです。70~90年代のことです。
でもその他の避妊方法、インプラントとかは、ほとんど出てこないんです。取り上げられても毎回、「世界の驚きの最新避妊法」という感じで、ノリが都市伝説(笑)
なので、まずは世界で普通に使われているものとして、きちんと取り上げてもらうことに意味があると思っています。
日本で未承認の避妊法に関する雑誌掲載状況
方法 | 初掲載年 | 直近の掲載 | 回数 | 体験談を含む記事 |
---|---|---|---|---|
ピル | 1954 | 2018 | 384 | 19 |
インプラント | 1983 | 2012 | 9 | 0 |
注射 | 1965 | 1999 | 16 | 0 |
シール | 1992 | 2004 | 6 | 0 |
避妊方法についての情報がガラパゴス化していますね。
この前も、お医者さん向けに講演することがあったのですが、そのあとの懇親会で「この前“インプラント”って言ってる患者さんがいたんだけど、このことだったんだね」と言って下さった方がいました。これだけグローバル化している中で、お医者さんにさえ知られてないってすごくないですか?
とはいえ、ただ選択肢が拡大するだけでなく、しっかりとした網羅的な情報と、避妊方法へのアクセスの両方がないといけないと思います。
一度ツイッターで「避妊シール」がバズったことがあったのですが、それと同時に個人輸入サイトみたいなのが一緒にバズっちゃって、困りました。個人輸入の商品は、安全性が保証できないし、何かあった時の保証がなく危険ですから。
同様のことは中絶薬でも起こっています。
そもそも今の日本では自分で勝手に堕ろすのは堕胎罪で禁じられているので、個人輸入して使用する時点でアウトなため比較は難しいですが、どの薬でも専門家の指導のもと適切に使って、経過を見ることが大事です。
にも関わらず、「薬で中絶できる」という知識だけを得て、安全を確保できない状況で使用する人が出てきたことで、厚労省は「中絶薬は危険だから個人輸入をやめる」よう呼びかけはじめました。
でも本当は中絶薬は最も安全な中絶法。危険なのは中絶薬そのものではなく、アクセスのなさ故に適切な指導なく使うことです。それでもそういう呼びかけがされれば世の中的には中絶薬=危険という理解につながりかねません。
なるほど。選択肢が認知されたことで、危険な個人輸入に頼る人などが出た結果、あたかも中絶薬自体が危険であるようなアナウンスがされてしまったんですね。
だから、自分の活動がどこまで影響力があるのかわからないけど、慎重にやらないとかえって認可を後退させる可能性があるとも思っています。ジレンマですよね。
それでも少しでも前進するために政府への働きかけと情報発信とを同時に進めていく必要があると思うので、これからも信頼できるメディアや団体を通して発信していきます。
なかなか一筋縄ではいきませんね。知らないことが多くて勉強になりました。
すごくいいお話を聞かせていただき、ありがとうございます!
あとがき
花魁をきっかけに、日本の性産業やそこに従事してきた女性の問題に関心を持った女子大生。彼女が感じた素朴な疑問から始まったプロジェクト。
「なんでないの?」の理由を探って見えてきたのは、花魁の時代から続いている男性が主体となった避妊のあり方と、情報が少なく避妊方法にアクセスできないことで苦しむ女性の姿でした。
私自身も、海外で避妊の相談をした時、当たり前に話されていた「Family planning」の概念。
単なる産児制限ではなく、女性も男性もキャリアやライフスタイルを充実させるために、また全ての子どもは望まれて生まれるべきだという考えのもと、「いつ子どもをもつか」という選択は、大切な権利として尊重されていました。
性の健康について、もっとオープンに話していい。いや、話さないといけないことなのだと、私は思います。
福田さんの活動は、「海外の性事情がより進んでいて正しいから、日本もマネするべきだ!」みたいな話ではなく、「日本の女の子達は、もっと選択肢を持てるはずじゃない?」という素直な疑問から生まれた、性の健康をより享受するための問題提起なのでしょう。
最後にお知らせ!
署名にご協力下さい
現在、#なんでないのプロジェクトはchange.orgにて避妊の選択肢拡大を求める署名活動を実施しています。ぜひこちらもご覧ください。
くわしくはコチラ書き起こし:さとみにこ