追い詰められる民間病院。お財布事情を聞いてみた
はじめまして。フリーライターの谷町邦子です。ふだんはウェブメディアを中心に、面白グッズやスポット、時には社会問題についての記事を書いています。
最近、ウェブメインで活動するライターとして、SNSなどで出回っている情報について「実際にはどうなのだろう」と気になり、話題の現場にいる人に話を聞く独自取材をはじめました。
今回のテーマはコロナ禍の市中病院。感染症指定医療機関ではないので重症の感染者の治療にあたるなど、最前線で活躍する姿が取り上げられることはありませんが、平時から私たちが頼りにしていた街の病院は今、一体どうなっているのでしょうか。
病床がひっ迫していると言われている状況で、感染者を受け入れた実績のある民間病院は約2割にとどまり※、民間の病院は新型コロナウィルス感染者の受け入れに消極的であると、非難の的となることもあります。感染症法を改正し、患者受け入れの協力要請に従わなかった病院の名前を公表することまで検討されています。
一方で昨年から、民間の病院の赤字や職員のボーナスカットなど、財政的な苦境が話題になることもありました。
“財政”の面から見て、民間の病院にとってのコロナ禍とはいったいどういうものなのか。病院のヒト・モノの流れの管理、システムの仕事に携わるAさんに話を聞いてみました。
プロフィール
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インタビューのお相手
Aさん病院の医療情報部で電子カルテ管理、プリンタなど電子機器(医療電子機器は除外)の管理保守などを行っているAさん。働いているのは首都圏(東京ではない)に立地する民間の2次指定病院(24時間体制で救急患者を受け入れる設備のある病院)です。病床数は150~400、診療科は10以上20以下と中くらいの規模で、感染症指定医療機関ではないものの、自治体に依頼されて20床程度のコロナ専用病床を用意しているとのことです。
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ライタープロフィール
谷町邦子大阪の地下鉄谷町線沿線で生を受け、今は石川県に住むライター。 ウェブを中心に活動するも、トピックが短期間で炎上、またはバズり、忘れ去られていくSNSの現状に疑問や不安を感じる今日この頃。
「話題沸騰中の出来事」、「みんなが忘れかけているアノ事」を、現場の人との対話で深掘りしていきます。
インタビューは
ここから!
コロナ対策で増えるお仕事、モノの消費
Aさんのお仕事はコロナ以前より増えましたか。
はい。普段の業務に、発熱外来用の業務が増えました。予約枠の作成や統計データの抽出、発熱外来やコロナ病棟への機器の導入などです。
病院全体ではどんな風にコロナ対策をしているのですか。
まず、病院の職員に対しては体温チェック、診察や治療で患者さんに接する部署ではフェイスシールドを着用しています。
救急で来院した患者さんに対しても検温しています。もし、熱が37度5分以上あった場合は院内に通さず、外に設置された発熱ブースで診療することになっています。
患者さんが心臓カテーテルや手術がすぐ必要なほど重症の場合は「コロナ陽性である」という認識で対応します。検査は手術などの処置が終わってからです。
そういった状況では、感染防止のための医療用の消耗品がたくさん必要になっているのではないですか。
マスク、グローブ、ローブやエプロン、フェイスシールド、防護服などの需要は明らかに増えました。全てコロナの影響と思っております。
3月~5月はマスクや消毒用のアルコール、防護服の供給が追い付かず、感染対策のため入院する患者さんの数や手術を大きく減らさないといけなくなりました。
院内感染で打撃! 過去一番の大赤字に
感染防止策のための業務や出費が増えているようですね。コロナの影響で赤字になる病院が多いと聞きます。
昨年は4月~6月にコロナの院内感染が発生したことなどで、過去一番の大赤字になりましたね。大規模のクラスタになりました。
救急、外来、入院全て受け入れは中止。当時入院していた患者さんも次第に退院していくので、病床稼働率は5~6割程度になってしまいました。ですが、6月からは上向きになり12月現在赤字の幅は減っています。
赤字の理由として「感染を恐れて患者さんが病院に来ない」と、よく聞きますが、僕は多くの病院でそういった事態は発生していないように思います。
その理由は、病院は基本的に予約の患者さんが多く、定期処方(1週間分から人によっては1ヶ月分の薬の処方など)が発生しているからです。お薬が無くなれば健康に害が発生するリスクが生じ、否が応でも来なければいけない状況になるので。
また、僕が働いている病院では、手術の件数が大きく減っている訳ではなく、12月現在は平時に近い状況です。
Aさんの病院よりも規模が小さく、コロナ感染者を受け入れていない病院の赤字についてはどう思われますか。
首都圏や大都市と、地方では事情がちがいます。地方は怖がっていかないというケースが割と多いと聞きました。首都圏や大都市では受診控えは改善しつつあります。
マスクや防護服、消毒用のアルコールが不足してしまったこと、コロナ感染防止、さらに実際、院内感染が起きてしまったことによって、4月~6月の予約などの患者数と新規入院患者数、そして緊急性の低いとされる定時手術の数を減らさざるを得なくなったのが、Aさんの病院が赤字になった直接的な原因とのことでした。
冬にはボーナスカットも。補助金があっても楽にならない懐具合
今は(2020年12月)国、自治体から感染対策として得た補助金を駆使して、何とか赤字をまぬがれています。しかし、持ち出し(病院側の負担)も発生しています。 病院の財政に余裕がないせいか、夏のボーナスは通常通り出たのですが、冬は減らされていました。
ネットではコロナと病院について、不確かな情報が流れているのが気になっています。たとえば、去年の5月、厚生労働省は新型コロナの患者を受け入れた医療機関の診療報酬を3倍に引き上げました。それを、ネットでは「コロナに関わる診療は全てが3倍になる」というニュアンスで取り上げられる事が多いですが、実際は「重症の感染者がICUなど重症病床に入院する場合、診療報酬を算定するための一部の加算の、1日当たりの点数を3倍にする」などといった限定的なものです。たとえば、PCRやCT、採血などの検査は3倍にはなりません。
コロナの重症病棟は人件費をはじめとする支出がずいぶん大きいのと、コロナの患者さんがいると他に入る予定だった手術の患者さんの受け入れなどができなくなってしまうため、診療報酬を3倍にしているのだとは思います。赤字対策ではありますが、到底足りません。
業務が増え、ボーナスは減り……だと、退職者が増えるのではないですか。
去年の4月から12月にかけて、30~50人が離職しています。
病院の離職者は元々多いのですが、業務が増えた分、退職されると1人の職員にかかる負担の比重がより大きくなっているようです。例年と比べないと何とも言えませんが、「今年はなんとなく多い感じがする」という印象です。
病院で働く上で、この先、どんなことに不安を感じますか。
感染の拡大ですね。感染者が多くなれば発熱外来に来る方にコロナの陽性は多くなる。そうすると、入院が必要な方は増えてしまい、感染者向けの病床も20床程度だと難しくなる。
かといって、これ以上の病床を増やす選択肢は危険を伴う。院内感染を防ぐために、新型コロナ感染者の方と、他の患者の動線(人が移動するルート)が重ならないようにしているのですが、さらに10床以上増やすと新たに動線を確保しないといけなくなります。
しかも、当院がコロナ感染者のために確保した病床は、あくまでも軽症・中等症用の病床で、ECMOや人工呼吸器などは導入していません。重症化した患者さんは近隣の受け入れ病院へ転院しますが、12月中旬頃からは転院先も少なくなっており、何とかやりくりをしている状態です。
それと、やはり院内感染は心配です。患者さんの受け入れができないだけでなく、感染者との濃厚接触者が増えれば必然的に休む職員も増えてしまい、病院業務に支障が出る可能性が高くなるからです。
あとがき
Aさんの話から、民間の病院では感染症対策に費用がかさみ、一度院内感染が発生すると赤字の危機に陥ることがわかります。2020年夏に行われた調査の結果には、感染者を受け入れた病院は、8割が赤字になってしまったというものもあり、それが裏付けられたと言えます。
また、Aさんに年末・年始の病院で一番大変だったことを聞いたのですが、「発熱患者さんが多く来院して陽性率が30%だった」とのこと。緊急事態宣言が1都3県に出された翌日の1月8日には、国内の感染者が7882人と過去最大となっているので(1月22日現在)院内感染のリスクはさらに高まったと言えそうです。
そして、今は“病気”というと、新型コロナウィルスを連想しがちですが、たとえばインフルエンザなど他の感染症や、さまざまな臓器の疾患、そしてヤケドやケガなど、私たちはさまざまな健康上のリスクと共に生きています。ひとたび、身体に異変が起これば市中病院で診察・治療をしてもらいに行くのです。 普段から頼りにしていた存在、地域の医療を支える市中の病院が、現在、不充分な補償で、経営や働く人の健康への不安を抱えながら、何とか稼働している。そして、新型コロナウィルスに関連した誤解や無理解などから発せられた言葉にさらされることもあります。
そんな状況が続いていることも、新型コロナウィルスに感染するだけに留らまない、私たちの健康へのリスクだと思えました。