【前編】日本の“水道”の話/水ジャーナリスト橋本淳司さん
みなさんは2018年12月に「水道基本法」が改正され、昨年10月に施行されたことを覚えていますか?
「法改正によって水道が民営化され、“水メジャー”と言われる海外の巨大企業が参入。水道料金は爆上がりして貧乏人は水が飲めなくなるぞ!」なんていう噂とともに、話題になりました。
人類が生きていくために必要不可欠な「水」ですが、98%という水道普及率を誇り、蛇口をひねればきれいな水に簡単にアクセスできる日本では、その有り難みを意識したことがある人はどれくらいいるでしょうか。
しかし、安全で美味しい水が安く手に入るという状況は、もう過去のことになるかもしれません。日本の水道インフラは今、たくさんの問題を抱えていて、これまでのような形での維持・継続が難しくなっているのです。
代表的な問題が「老朽化」。
日本全国に敷設される水道管のうち、法定耐用年数を超え“老朽化”した管の割合は13.8%。老朽化した管の総延長はじつに8万2,000キロ、地球約2周分もあります。
他にも様々な課題を背景に行われたのが「水道基本法」の改正でした。
法改正には賛否両論があるようですが、今回のチャリツモでは「水道法」改正の背景にあるさまざまな課題とその解決の糸口を探ります。
教えてくれるのは、巷で「水ハカセ」と呼ばれる水ジャーナリストの橋本淳司さんです。
プロフィール
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橋本 淳司 1967年、群馬県生まれ。水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表。
学習院大学卒業後、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。国内外の水問題を調査・取材し、メディアや書籍、講演会など通して発信、政策提言などを行っている。
2019年のYahoo!ニュースのオーサーアワードを受賞。Yahoo!ニュース個人はこちら
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インタビュー!
日本の水道が抱える「3つの問題」
今日はよろしくお願いします。
今回は私たちの生活になくてはならない「水道」をテーマにお話を伺いたいと思います。
しかし、電気やガス、通信などのインフラと比べて、水道はあまりにも当たり前過ぎて日常生活の中で深く考えたことがない人がほとんどでは無いかと思います。
私自身2018年の水道法改正の議論の際に、初めて日本の水道事業が危機に瀕していることを知りました。
水道法改正の内容、特に「民営化」については激しい批判の声も聞こえていたかと思いますが、そもそも私を含め一般の人々は法改正の背景にある水道の現状について多くを知りませんから、評価のしようがありません。
そこで今回は、現在日本の水道の現状や抱える課題をまとめて学びたいと思い、水問題をわかりやすく伝え続けている橋本先生をお招きいたしました。
複雑な問題が山積している分野かと思いますが、あまり知識のない僕でもわかるようにお教えいただけますでしょうか?
わかりました。
それではさっそくですが、現在日本の水道が抱えている問題は、大きく3つあります。
(1)水道の料金収入が大幅に減少したこと
(2)水道管が老朽化していること
(3)水道の未来を考える人が不足していること
まずは、この3つの問題をひとつひとつ見ていきましょう。
問題その1
水道の料金収入が大幅に減少
日本で水道事業者というと、ほとんどが地方自治体(各市町村)です。一部に複数の自治体が合わさって企業団として行っているところもありますが、どちらも十分な料金収入が入ってこないことが大きな問題のひとつです。
どうして料金収入が足りないのでしょう?
もともと水道料金は、50年前に計算された需要予測を元に決定されています。半世紀前に「このくらい水が使われるだろう」と見積もった水道需要と現実に大きな差があるのです。
そして、水道需要の予測と現実にギャップが生まれた大きな要因は3つあります。
1つ目は人口推計。50年前当初の想定よりも人口は増加していません。
2つ目は、一人当たりの水使用量が大幅に減っていること。50年前に比べ節水が進んでいて、最新型のトイレは50年前のものに比べ5分の1の水量で使用できます。昔の計算の中でトイレの割合は大きなものでしたが、今では特に節水を意識しなくても大幅に使用量を削減できるようになりました。
気づかないうちに、こんなに節水が進んでいたんですね。水を無駄使いしないことは、環境面から見たらとても素晴らしいことですよね。ただ、その分水道局の収入は減りますよね。
予測と現実のギャップの3つ目の要因が、ホテルや工場など商業施設で節水が進んだことです。
病院にいたっては東日本大震災以降、水道に頼らずに自家製の井戸を持つところが増えています。震災時の断水による業務への支障を予め回避するために、水道に頼らない体制に移行してきたんです。
こうして大口の使用者が抜けて、水道需要が大幅に減少したことで料金収入も大きく減ってしまったのです。
なるほど。企業もさまざまな努力をしているんですね。
節水技術の進化・普及と人口減少社会の到来で水の需要が減って、水道事業が減収するのは必然の現在の社会状況から考えると必然のことだと思われますけど、現在の水道計画のもとが作られた半世紀前には、こんな時代が来ることが予想できなかったんですね。
そうですね。人口減少や節水技術の飛躍的な向上は盛り込まれていない計画をもとに、日本は高度経済成長期に急速かつ大規模に水道インフラを整備しました。
その結果、98%という驚異的な普及率をほこるものの、現在の稼働率は6割と言われています。4割の施設が使われていないんです。
さらにこの先水需要は減り続け、2065年にはピークだった2000年と比較しておよそ4割も減るという予測もあるんです。
問題その2
水道管が老朽化している
料金収入の減少が影響してくるのが、次にお話する「水道管の老朽化」問題です。
これは以前チャリツモでも取り上げました。地球2周分の長さの水道管が老朽化しているんですよね。
そうなんです。人間の血管も長く使っているとコレステロールがたまって不健康になっていきますが、水道管も同じです。
古くなった水道管は交換しないといけません。そのままにしておくと、水に鉄分が混じったりしてしまいます。
しばらく使われていなかった水道の蛇口をひねると、赤茶色いサビの混じった水が出てきたりしますね。
水質に問題が出るだけではありません。
他にも古くなった水道管が破断して道が陥没する事故なんかも起きています。
老朽化した水道管の破裂事故は、毎年1000件以上もあるんですよ。
全国の水道管が、ちょうど敷設から50年ほど経っていて、交換の時期を迎えています。
一方で水道需要の減少で料金収入が減っています。施設更新にはお金がかかるので、すべてを交換するのはなかなか難しいのが状況です。
まるで時限爆弾のようですね。水道って、地面の中に埋まっていて普段は目につかないからわかりにくいけれど、相当ガタがきてるんですね。
水道管を交換するには道路の交通を止めて、地面を掘って交換しなければなりませんよね。どのくらいのお金がかかるんでしょう。
1kmの水道管を更新するのに1億円かかると言われています。
1kmで1億円ですか!地球2周分(8.2万km)だと、8兆円以上ですか。とんでもない金額ですね。
こんな状況なのは日本だけなのでしょうか?
日本に限らず他の先進国も直面している問題だということは事実ですが、日本は特に人口減少が激しいということが、更新の困難さと大きく関係しています。他の先進国では料金収入を下支えする人口が日本ほど急速に減少していません。
先ほどお話しした通り、日本では人口減少・節水・大口顧客の水道離れで料金収入が減っています。メンテナンスにかけられるお金も減っていて、事実として管路の更新率(管路総延長のうち、更新された管路延長の割合)は年々下がって、近年は横ばい状態。今のままのペースでは、全ての管を更新するのに130年かかる計算です。
なるほど。メンテナンスコストをかけて老朽化問題を解決しなければいけないのにもかかわらず、減収問題が足を引っ張っている状況なんですね。
問題その3
人材不足で水道技術の継承ができない
最後の問題は、事業を支える人が減っているということ。自治体によっては水道事業担当が1人しかいないワンオペ水道局もあるんです。
北海道の羅臼町なんかは、もう8年間ワンオペです。自分のプライベートな旅行なども我慢して、ひたすら地域の水道を一人で支えているんだそうです。
そんな状況では、通常の水道事業を継続するので精一杯。なにか不足の事態が起こっても、十分な対策をとれません。もちろん、技術継承などもできませんから、町唯一の水道局員の身になにかあったら、水道事業が提供できなくなる可能性もあるんです。
ワンオペで町を支えてるって、恐ろしいですね。
しかも水道事業は公務員が担当することが多いので、「昨日まで市民課だった」なんて人が「今日から水道事業を回さないといけない」なんてこともあるんです。
昨今のコスト削減を目的とした公務員削減の流れもあり、水道事業にたずさわる人もだいぶ減らされました。40年前と比較するとおよそ4割も人員削減されています。
やらなきゃいけないメンテナンスは増えているのに、カネもヒトもないって…詰んでますね。
だから僕は日本の水道事業のことを「AKB」っていってます。
A(あきらめる)、K(考えない)、B(場当たり的)。
こういうこというと、怒られるんですけど(笑)。
でも、これだけ人員削減された状態だと、AKBにならざるを得ない部分もありますよね。
というわけで、
(1)需要減と料金収入減
(2)施設の老朽化
(3)人材不足
これが水道事業の三重苦です。
水道管はもともと都市型ソリューションだった
今の水道事業が厳しい状況にあることはわかりました。
でもそもそも、日本の水道っていつどのように普及したんでしょうか?今のような鉄パイプが張り巡らされる前は、どうなっていたのでしょう?
水道管が普及する前は井戸が多かったんです。
江戸時代ごろには神田浄水とか多摩川浄水が作られて、水インフラが支えられていました。
近代水道以前は、木皮といって、U字溝の木製版のようなところを水が流れていました。でもそれだと、上が開いているのでゴミが入りやすい。そのため、鉄管にしましょうという流れがあり、明治時代ごろに近代水道が普及し始めました。
圧力ポンプで水を送り出すことで、24時間いつでも水にアクセスできるようにしたんです。
なるほど、明治時代に近代水道がでてきて、全国に広がったのは戦後ですか?
そうです。実は、これってすごく良い質問なんですよ。
水道管というのは、もともと都市型のソリューションで、人口が密集している地域には有効です。
でもそれが全国となると…人口が密集していないところにも敷設されていきます。
今から50年前のことをとやかく言うつもりはありませんが、もし「水道管普及ではなく、地下水利用でも良いんじゃない?」という考えがあったら…今ほど水上事業の持続性について悩んでいなかったかもしれません。
なるほど。人工密集地以外では、地下水利用の選択肢もあったのではないかと。
なぜ都市だけにとどまらず、全国に水道管を敷設する、という思想になったのでしょうか?
やはりその時は、厚生労働省を含め、「それしかない」と考えていたと思います。
うがった見方をすれば、工事によって儲かる人もいました。どんどん公共投資をすることがプラスだと考えられていたんです。
今でこそダウンサイジングといわれますが、当時は「それだと経済的に良くない」と考える人がいたのでしょう。敷設が急ピッチに進められたのは1960年代の高度経済成長期です。
「所得倍増計画」とか、その頃ですね。
東京流が良い解決策だとして、全国に持ち込まれました。
東京と地方では、ぜんぜん状況が違うのに…
全国どこに行っても水道がある、ということ自体は悪いことではないですよね。少なくともその頃は生活が改善された一面はありました。
でも今考えると、持続性に乏しいことをしていましたよね。
水道の問題は、地域の大問題だと思うんですが、「水道事業をどうするのか」というのは地方選挙などで話題になってきたのでしょうか?
全くありません。
え、こんなに切迫しているのに?
まだまだこの話題は一部の限られた人の間でしか話されていません。
選挙で話題にされたとしても危機感は薄いです。地方の区議長選や地方選挙では、いまだに「安くておいしい水」「水道料金下げます」っていう人もいます。「うそだろ~」って思っちゃうんですが。
自治体の中に知恵や技術を持っている人がいなくなっているのと、議員や区議長の認識不足も対策が進まない一因になっていると思います。
みなさん町の将来像についてあまりにも楽観的ですよね。人口減少社会に対しては、もっときちんと向き合う必要があります。
僕たちは、蛇口をひねれば水道が出てくることが当たり前だと思っているけれど、それが危機に瀕している。地下に埋まっている水道管を目にする機会はほとんど無いし、水道局員が置かれている現状も目に見えない。だから、当事者意識を持ちづらいのでしょうね。
でも、そもそも僕たち人間の体は70%が水でできている。自分たちの体や生活を根本的に支えてくれている水道というインフラについては、もう少し想像力を持って真面目に考えなければならないようですね。
あとがき
橋本淳司さんへのインタビュー前編は、現在の日本の水道事業が置かれている状況について詳しく教えてもらいました。
(1)減収、(2)老朽化、(3)人材不足で存続が危ぶまれている日本の水道。
そんな水道を、将来にわたってキチンと持続させるために改正された「水道法」。次回はこの水道法改正で何が変わったのかをお聞きします。