古田大輔さん、ジャーナリズムってなんですか?【後編】
前編では、謎のベールに包まれている『ジャーナリスト古田大輔』の実像に迫りました。後編では、古田さんにジャーナリズムやジャーナリズムの今後などについてお聞きして行きます。
前編はコチラプロフィール
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古田 大輔 1977年福岡生まれ。早稲田大政治経済学部卒。2002年朝日新聞入社。社会部で事件や災害、外国人労働者などを取材した後、アジア総局員(バンコク)、シンガポール支局長を歴任。東京に戻ってデジタル版編集に携わり、2015年退社。BuzzFeed Japanの創刊編集長に就任。2019年6月、退社と同時にBuzzFeed Japanシニアフェローに就任。2019年7月、株式会社メディアコラボ創立。代表取締役に就任。
- インタビュアー・ライターはひもっちです!
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新たな潮流・ソリューションズジャーナリズムって?
以前、「政治家 うっかり失言 TIMELINE 〜ジェンダー編〜」という記事を書いた際に、「これぞジャーナリズムだ」と褒められたことがあって、僕自身、ジャーナリズムをやりたいと思っていたので、とても嬉しかったのですが、よくよく考えたらジャーナリズムについて何も知りませんでした。
そこでとても大雑把な質問で大変申し訳ないのですが、ジャーナリズムとは何か?についてお聞きしたいです。
ザックリしてますね(笑)。
一言でジャーナリズムと言っても、様々な種類があります。一般的には、記事でも映像でも、取材して報じて、ニュースを伝えることですね。
確かに、取材して記事を書いて、それを発信するのがジャーナリズムの仕事というイメージがあります。
そうです。中でも、悪いことをしている人を見つけ出したり、権力を監視することが、ジャーナリズムの最も重要な機能であるという人が多いです。たしかに重要ですけれど、それだけではないという見方も広がってきました。「ネガティブな事件やニュースを探して報じ続けるジャーナリズムって結局みんなを憂鬱な気持ちにさせるだけなのでは?」という指摘です。
そして、新しい潮流としてソリューションズジャーナリズムというものも生まれています。
どのようなジャーナリズムなのですか?
凄く分かりやすい動画があるので、まずはこれを見て欲しいです。
(一緒に動画を見ながら)世の中の問題を暴くのがジャーナリズムの役割という考え方に則ってひたすら問題点を指摘してきた結果、アメリカ人の79%が、「ジャーナリストの仕事はBadニュースを伝えること」と思うようになってしまいました。
もし先生が子どもに「お前は間違っている。お前は間違っている。」と言い続けたら、その子どものモチベーションをものすごく下げてしまいます。それでは誰のためにもならない。
バッドニュースを報じてはいけないわけでもありません。バッドニュースに対するクリエイティブな解決策があることも伝えなさいと言うことです。
もう少し、説明していただけないでしょうか?
重要なのは「グッドニュースだけを報じろ」と言っているのではない点です。
汚職にしろ戦争にしろ差別にしろバッドニュースは昔から存在します。その課題に対して人類は長年戦ってきた歴史(※)があります。
歴史から学んできた教訓に加えて、今の時代はテクノロジーの力を加えることによって、新たな解決策も生まれています。それを報じずに、「悪いことがありました」みたいな報じ方を続けていては、ニュースを受け取る側も社会に対して悲観的になってしまうのでは、というのがソリューションジャーナリズムの考え方です。
情報の民主化と、メディアの新たな役割
ジャーナリズム全体として、20年前と比べて変化したことってなんですか?
一番の変化は、誰でも情報を伝えることができるようになった点だと思います。昔は、ジャーナリストというか、マスメディアだけが広く大衆に、つまりマスに伝える力を持っていたので、情報を伝えたい、情報を知りたいと思ったら、新聞やテレビなどのマスメディアを利用するしかなかった。しかし現在は、大統領ですらTwitterで直接自分の考えを伝えられる時代です。誰でも情報を伝え、拡散できるようになりました。僕はこの状況を『情報の民主化』と呼んでいます。とても、素晴らしいことだと思います。
一方で、誰でも情報を発信し、拡散できるようになった結果、間違った情報や嘘の情報を自分の利益のために、または誤解などから発信・拡散する人もたくさん出てきました。情報の民主化の負の側面です。
『情報の民主化』がおきた現代においてのジャーナリズムの役割とは?
1つは、情報を“検証”することです。かつては報じる人が自分たちしかいなかったけれど、いまはたくさんいる。そして玉石混交の情報が氾濫している。だからこそ、情報のプロによる検証の価値が上がっています。
もう1つは、今ある情報の中で、これは知らなくてはならないよと、“リパッケージ”する必要もあります。なにしろ、情報が氾濫してますから。そして、社会が複雑化していく中で、わかりにくい情報をわかりやすく伝える必要もあります。
隠れているものをあぶり出すだけではダメです!とても大事なことだから何度でも言いますが、ジャーナリズムが20年前と同じではダメなんです!
現代のジャーナリズムの役割で重要になってくることは(1)情報検証(2)情報のリパッケージ(3)情報を分かりやすく伝えること、ということですね。
情報検証とは、フェイクニュースのファクトチェックなどですか?
それもありますし、例えば官房長官の会見一つとっても、現在はインターネットで公開しているので、官房長官が何を言ったのかはそれを見ればわかります。それよりも大切なのは、官房長官の言ったことが本当に正しいのか、突っ込むことです。官房長官の発言だから必ず正しいと思っている人も多いですが、そんなことはありません。政治家の発言だからこそ、しっかりと検証していかないといけません。
無数にフェイクニュースが溢れている現代において、全てをファクトチェックするのは不可能だと僕は思うのですが、どれをファクトチェックするかの判断基準ってなんですか?
何をファクトチェックするかの判断は難しいです。嘘やミスリーディングな情報が山ほど氾濫して、本当にくだらないものもたくさんあります。
でも、情報のプロであるジャーナリストが「こんな嘘だれが信じるの?」と思う嘘も、信じる人がたくさんいます。だから報道に関わる人は「こんな嘘調べればわかるだろう」と思うのではなく、きちんとデータに基づいて検証しなければいけません。
アメリカのメディアが、トランプ大統領の嘘をずっと検証していますが、トランプ大統領自身や支持者たちが「“嘘だ嘘だ”と言っているメディアの方が嘘だ」と言い出して、メディアの報道を信じない人も一定数います。
では、トランプ大統領の嘘検証をやめるべきか?というと、一番権力を持っている人を最も監視しなければならないというのがジャーナリズムの権力監視の真髄です。一方で、信じてもらえないと検証しても意味がない。このジレンマをどうしていくかが現在の課題だと思います。
やはりメディアに対する信頼性は、全般的に下がっているんですか?
衝撃を受けた資料があります。ロイターインスティテュートという組織によるデジタルニュースレポートが出している研究で、「ニュースメディアは権力を監視していますか?」と、各国別に一般ユーザーとジャーナリストに質問しているものです。
ドイツだと一般ユーザーのYesが37%、ジャーナリストのYesが36%。
アメリカだと一般ユーザーのYesが45%、ジャーナリストのYesが86%で、他の国もだいたいこのような感じです。
普通に考えて、自分たちの仕事に誇りを持っているから、ジャーナリストの自己評価が高くなるのは当たり前のことです。
聞く前から、なんだか答えは分かるのですが、日本は…?
日本はひどい状況です。一般ユーザーのYesが17%、ジャーナリストのYesが91%です。
ふぁ?!
日本のジャーナリストたちは自信を持って「権力を監視している!」と思っているのに、一般ユーザーは「あいつら仕事していない」と思っています。
ユーザーからの信頼がなければ、ニュースメディアがどんなに頑張って嘘を検証しても、お前らが嘘つきだろと思われてしまいます。これは危機的な状況です。どうにかしなければいけません。
マスコミはなくなってしまう?
一部では、メディアは衰退産業と言われていますが、これからのメディアはどのように生き残って行くのでしょうか?
新聞社がどうやって、事件の第一報を得ているか知っていますか?
Twitterですか?よくメディアが目撃者にリプライを送っているのを見ます。
今はTwitterも利用しますが、それよりも伝統的に重要なのは、警察や消防に電話し続けて「なにか事件は起きていませんか?」とチェックすることです。
ものすごく地道な作業ですが、なぜそのようなことができたかというと、大手紙であれば編集局に千人を超える記者がいたからです。
すごい人海戦術。しかし、その人数を食わせるには、相当のマネタイズが必要ですよね?今、新聞社の資金繰りはどうなんでしょうか?
昔、新聞社はとても儲けていました。現在も収入は大きいですが、以前に比べると落ちています。当たり前ですよね。年々、紙の購読者が減っているので、売り上げも落ちていきます。そうすると、これまでと同じだけの人員を雇うのは難しくなってきます。
新聞の売り上げってどれくらい落ちているんですか?
たとえば朝日新聞は毎年売り上げが100億円ペースで落ちています。それにも関わらず、今と同じ人数を雇って同じコストをかけていたら、普通に考えたらそのうち倒産します。
確かに。…やはり新聞社の未来は暗いんですか?
希望もあります。現状、朝日新聞は年間3700億円ほど売り上げています。インターネットメディアの大きいところの100倍です。インターネットメディアがわっーーと集まっても、朝日新聞1社に勝てません。
全体の規模感を誤解している人が多いですが、新聞社は未だにそれだけの規模の売り上げがあります。地方紙の売上規模もネットメディアと比較するとずっと大きい。人材、取材網、歴史的に培った信頼感、そして資金力。これらを活かせば、V字回復の道はあると思っています。
紙ってなんでそんなに儲けることができるんですか?
寡占だからです。紙を印刷して毎日数百万世帯に配ることは、インターネットメディアにはできません。コストが大きすぎるからです。紙のメディアは印刷から配布までの一気通貫の手段を持っているから、そこに流れ込むお金を寡占的に数社だけで分け合うことができます。
今新聞社の編集局で働いている人は、日本全体で1万9千人います。1万9千人いるから日本全国の事件事故や行政、災害などを網羅することができます。それも全ては、新聞社がお金を持っているからです。
その1万9千人を、インターネットメディアは雇えるのですか?
絶対に無理です。なぜなら紙ほど儲けることができません。新聞の世界と違って、インターネットの世界は何千社、個人を含めると何十万人という中で、インターネットからの儲けを分け合っています。小さいパイを大人数で分け合っているので、1万9千人を雇いながらでは成り立ちません。
21世紀のニュースメディアは、日本全国のニュースを伝えることができる規模感で、生き残れますか?
うーん。わかりませんが、いまの規模で日本全国のニュースをカバーするのは、絶対に無理です。たとえば、今1万9千人でやっている仕事を100人でまかなえといわれても、それはきついですよね。
メディアからニュースを得られなくなると、僕たちはどうすればいいんですか?
ネットなどで自分で情報を調べることになります。しかし、その中には信頼性の低い情報、いわゆる「フェイクニュース」も紛れています。
よく「どうせマスゴミなんて信頼できないから、無くなってもいいんじゃないか」という人がいますが、マスゴミと言われているマスメディアの流している情報と、ネット上の匿名の個人や機関が流している情報とでは大きく違うことがあります。それは、マスコミが流している情報は、運営元がわかっているということです。そのため、もしも情報が間違っていた場合、逃げも隠れもできません。「お前ら間違っているじゃねえか」とマスメディアに指摘ができます。
しかしネット上の匿名の情報は、間違いを指摘したら逃げる人が多いです。追いかけることも難しい。自分に都合の良い情報を流して、いざそれがバレたら逃げる人たちによる嘘が蔓延しています。
政治や各地のニュースを取り上げるニュースメディアの生態系を社会から無くしてはならないと思います。
日本のメディアに、デジタル化とコラボレーションを
最後に、古田さんの今後についてお聞きしたいと思います。これからは、どのようなことに取り組まれるんですか?
僕がというか、日本のメディア全体が取り組まなければならない課題が2つあります。
1つはデジタル化です。デジタル化を進める上で、どのように技術や考え方を導入して行くかをサポートしたいです。
2つ目はコラボレーションです。1社で生き抜いていくには難しい状況になってきています。個人や1社、1業界などで生きていくのではなく、ニュースのエコシステム、生態系がデジタル時代にも成立するように、そういう動きをサポートしていきたいです。
日本のメディアで面白いコラボレーションの例はありますか?
西日本新聞さんが始めた『あなたの特命取材班(あな特)』が、すごく良い事例だと思います。
あな特はLINEも活用してユーザーから質問や情報を集めています。そして、パートナーとして地方紙同士が連携し、ノウハウや知見を共有し、記事を交換しあっています。あな特のような、デジタルテクノロジーも使ったコラボレーションをこれからもっと増やしていかないと、と思います。それをサポートしていきたいです。
でも今までみんな囲い込むことで商売にしてきたのに、Win–Winの関係を作りながらみんなで商売もできるシステムを作らなければなりませんよね?
本当に難しいのがマネタイズでのWin–Winです。
一方で、信頼性の部分でのWin–WinやコストカットでのWin–Winはいろいろできます。コストカットは売り上げをあげるのと同じくらい大切です。
また、信頼性は最終的に売り上げに繋がる武器だし、メディアの寄って立つところなので、そのような方面でも、サポートしていきたいです。
古田さん、お忙しい中本当にありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにしています!
あとがき
前編では、謎に包まれた古田さんの人間性をお聞きし、後編では「ジャーナリズムとは」や、「ジャーナリズムの今後」について大変わかりやすく解説していただきました。
古田さんのお話をお聞きして私は、社会の変化から日本のジャーナリズムが取り残されていると強く感じました。
政治家はTwitterやYoutubeで自らの考えを直接、国民に届けたり、新聞よりもTwitterでの個人のつぶやきが、事件の第一報を伝える現在において、今までのようなとにかくスピードを重視し内容の濃さは二の次と言った報道は必要ではないと思いました。
それよりも大切なのは、政治家の発言をファクトチェックすることや、断片的で浅い報道ではなく、より長い文脈で深くニュースを掘り下げて伝えて行くことが、必要なのではないかと思いました。
さらに、これまで寡占状態だった新聞社が、毎年100億円ずつ売り上げを落としているなかで、これまで通り1社で数千人単位の社員を抱え続け、全国のニュースを伝えるのは無理だという指摘は衝撃的でした。積極的に新しいテクノロジーを使い、より効率的なニュース報道の方法を考えていかなければならないと痛感しました。
今回のインタビューで、古田さんのように新聞からデジタルの転換や、メディア同士のコラボレーションを推し進めることで、現在の危機的状況から生き延び、ビジネスとして、そして民主主義のインフラとしてのジャーナリズムを次世代まで残そうとしている人の存在を知り、私自身も微力ながらお力になれるように頑張ろうと思いました。
ps.インタビューされる側であるにも関わらず、終了時に「いいから、いいから」と言って、取材時のコーヒーをご馳走していただき、本当にありがとうございます。あまりの格好良さに、惚れてしまいました。