【後編】日本の“水道”の話/水ジャーナリスト橋本淳司さん

水ジャーナリストの橋本さんに、日本の「水道」についてお聞きしているインタビュー。
前編は水道法改正の背景にある日本の水道事業が抱える3つの問題をお聞きしました。
後編となる今回は、2018年12月に成立・19年10月から施行された「改正水道法」について、いったいどこが変わったのかをお聞きします。
プロフィール
-
-
橋本 淳司 1967年、群馬県生まれ。水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表。
学習院大学卒業後、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。国内外の水問題を調査・取材し、メディアや書籍、講演会など通して発信、政策提言などを行っている。
2019年のYahoo!ニュースのオーサーアワードを受賞。Yahoo!ニュース個人はこちら

ここから
インタビュー!
水道法改正の5つのポイント
ここからは、2018年に改正された「水道法」についてお聞かせください。
厚労省は今回の法改正の目的について「水道の基盤強化を図り、将来にわたって安全な水を安定的に供給
するために制度改正した」と説明しています。
この改正で、具体的にどのような点が変わったのでしょうか?
この法改正を見ると、今の水道の現状が見えてきますよ。ポイントは5つあります。
(1)関係者の責務の明確化
(2)広域連携の推進
(3)適切な資産管理の推進
(4)官民連携の推進(コンセッション)
(5)指定給水装置工事事業者制度の改善
この(4)コンセッションというのがしきりに話題になっていたように感じます。
そうですね。ただ、これだけ聞いてもわからないと思うので、それぞれ見てみましょう。
まず(1)関係者の責務の明確化というのが一番わかりやすいと思います。
要するに徐々に無責任になってしまった責任範囲を明確化するというものです。
コンセッションが話題になっていますが、以前から水道事業の多くは「業務委託」という形で民間委託していました。しかし、震災などのときの責任範囲が明確ではなかったので、明確にしましょう、というものです。
ここで(4)コンセッションの話になります。
今回ここが注目されているのは、法律に「コンセッション」という特定の方式が明記されたからです。
今までも業務委託という形で官民連携はしていましたが、法律に方式まで明記されることは稀です。
(2)と(3)はあまり注目されていませんが、水道事業の現状が浮き彫りになっています。
(2)広域連携は「ワンオペでやっているA市だけでは水道事業の継続は困難なので、B市やC市と連携して行きましょう」というもの。
(3)適切な資産管理については、驚くかもしれませんが、資産管理といっても、今の水道事業の課題はどこにどの施設があるのか自治体が把握していないケースが多いという点なんです。
え?自治体が所有する施設を把握していないんですか?
例えば水道管を交換するといっても、いっぺんに全てを交換することは難しいですよね。なので優先順位を着けてやっていくのが自然な流れですよね。
どうやって優先順位を付けるのかというと、
「人が多いところから交換しよう」
「○○式の水道管から」
「敷設から30年の水道管より50年経っているところから着手しよう」
…となるのですが、このデータがないんです。
台帳とかないんですか?
それが、台帳は捨てられているんです。
公文書でも、何年か経ったら捨てていいって聞いたことがありますが、そういう基本的な資産管理もされていなかったんですか?
そうなんです。「資産管理」というとなんだか聞こえは立派ですが、そもそもどこに水道管があるかとか、そういうレベルの話なんです。
すごいなあ。でもそれじゃあ、この「資産」ってどうやって確認するんですか?
それがですね…「ベテランの脳裏に入っている」そうです。
それは…「わからない」ってことですね。
そうです。そのワンオペをしている職員なりの、アタマに入っている。つまり、その人に聞かない限りわからないんです。
だから、(3)で言う資産管理というのはまず台帳を作るところからの話です。台帳がない自治体は、全体の4~5割だと言われています。つまり、水道管が敷設されている場所の情報や設計書を共有できている自治体は半分くらいしかないんです。
驚きですね。やはり大都市圏では台帳はあるんですか?
大都市圏では台帳もあるし、人もいます。小規模になるほど厳しい状況にあります。
東日本大震災の時も、「水道管が壊れたけど、どこに何があるかわからなくて、定年退職したベテランの人を呼んできて水道管を直した」という話はたくさんあるんですよ。
地方だと、人員削減の影響がエグいですね。
(5)は指定公共事業者の話です。例えば町の水道屋さんのような、水道が壊れたときに直してくれる、自治体から指定された業者のことです。
これも、現在登録されている人が、今も現役で働いているのか、存命しているのかが分からなくなっていて、100人事業者登録していたけれど、実際に現役で対応できるのが2人だった、なんてこともありました。
ですから名簿と現実の不一致を改善しよう、ということです。
コンセッションと並列されているけれど、特に(3)と(5)は、悲しいレベルの話なんです。
信じがたい話ばかりですね。
こういうところがAKB(あきらめる・考えない・場当たり的)なんです(笑)

なぜコンセッション方式が問題になっているの?
(4)のコンセッション方式について、もう少しご説明いただいてもよいですか?
まずコンセッションは、水道だけに限らず多くの公共事業で取り入れられ始めています。例えば空港や美術館なんかにも、民間が入ってきていますよね。
コンセッションの目的の一つは、公共の仕事を民間に移し、民間の仕事を増やすこと。また民間のノウハウを公共事業に取り入れることで、インフラ提供が安定し、サービスの質が向上、そして経営が安定する、ということが強調して述べられています。
たしかに、コンセッションが上手くいけばこうしたことが実現されるかもしれません。
でも、水道事業の場合ここで問題となるのは、自治体に責任が残ることです。
これだけだとわかりにくいと思うので、まず民間委託の2つの方法、業務委託とコンセッションの違いを説明しましょう。

業務委託では、責任は水道事業者である自治体にあります。
自治体は委託料を払って運営を民間に委託しますが、責任も収入も自治体に入ります。
契約は短期間であることが多いです。
コンセッションは、「運営権」を民間に売却します。そのため、事実上の責任は民間に移ります。しかし、水道法では最終的な責任は自治体にあるままです。より確実で安定的な給水を実現するための、自治体の関与を強めることを目的に、自治体に給水責任を残したのです。
こうした運営と責任を分ける形のコンセッションでは管理監督責任が不明確になると言われています。
また、契約期間は20年以上の長期が基本であるということも大きな特徴です。
運営権が民間に移っても責任は自治体のままということは、自治体は運営権を売り渡して全部丸投げできるというわけではなく、民間事業者をきちんと管理・監督しなければならないんですね。
そこで出てくる大きな問題は、「自治体からノウハウが消えてしまうこと」です。
運営権を売り渡して、実質的な運営から離れた自治体は、現場を知っている人がどんどんいなくなるわけで、そうなると適切に民間を管理することができなくなります。
例えば民間事業者が「水道管の構造を変えないと水質が悪くなってしまいます」「最新の施設に立て替えないと顧客満足度が下がってしまいます」と提案したとします。
そうした時に「もっと安く実現することができる」「確かに最新ですごい施設だが、料金収入との兼ね合いで難しい。代替案Bはどうか」というような適切なアドバイスができなくなってしまいます。
つまり、自治体が民間の言いなりになって、その結果、水道料金の値上げにつながる可能性があるということです。
携帯電話の加入の際に、店員にすすめられるがままにオプションてんこ盛りの契約をしちゃうお年寄りみたいですね。
メディアではよく「コンセッションにすると水道料金が上がる」と言いますが、これでは説明がひとつ抜けているんです。
水道料金自体は、コンセッションにしたとしても、議会の議決によって決められます。
一番問題なのは、自治体が適切な管理監督責任を果たせなくなることです。
たしかに、「民間参入すると水道料金が高くなる」って言われても、因果関係が分かりづらかったのですが、こうして聞くと理屈が通りますね。
民間参入によって、水道の知識を失った自治体が、民間事業者の言うがまま不要な投資を承諾したりして、結果料金を値上げせざるを得ない…と。
そもそも、コンセッションの契約は20~30年という長期にわたるものです。
果たして各自治体は、30年後を見据えて適切な契約を結ぶことができるのでしょうか?
契約が履行されているか管理監督できるのでしょうか。
契約外の事象が起こった時に適切に対応できるのでしょうか。
…ということが今、問われているんですが、これまでの水道事業のやり方を見ていると、なかなか難しいように思います。
そもそも将来の見通しを誤った過去があるから、現在、水道事業が逼迫(ひっぱく)しているわけですもんね。
50年前には多くの市町村で「将来、人口が2倍になる」という予測をしていましたが、実際は減少しています。 長期の契約を結ぶのであれば、町の将来を本気で考えなければいけません。
「コンセッション契約をしたら、すぐ水道料金が上がる!サービスの質が下がる!」というほど単純な問題ではなく、「将来を見据え、適切な契約を結ぶことができるのか」という大きな問題なんです。
大都市圏と地方、広がる格差
コンセッション方式に問題があることはわかりました。
それでも、この方式で民営化をしなければ水道を維持できないのでしょうか?
実は、コンセッションの対象は、人口20万人以上の自治体なんですよ。
それでは先程から例に出ているワンオペ水道局や台帳すらないような水道局のように小規模な自治体はコンセッションによる民営化はされないんですか。
おそらく対象外となるでしょう。
実際に、そういった自治体は、まず広域連携や資産管理をまず始める必要がありますよね。
今既に運営が上手くいっていて、市場としてうまみがあるところだけをコンセッションで受け渡し、そもそも危機的な状況にある自治体は変わらず自分たちで頑張れと。
そういえますね。民間企業もボランティアではできません。
今回コンセッションばかりが取りざたされていますが、本当に考えないといけないのコンセッションの対象にならないような小規模な自治体は、どうやって水道インフラを持続していくかということです。
東京や横浜といった大都市は、職員も潤沢で技術もある。住人も減っていません。
それに対して、水道需要が小さく運用コストが高い地方の自治体は、水道料金を上げざるを得ません。
今現在でも、水道料金は最大で10倍のばらつきがあるんです。
北海道の羅臼町なんかは最も水道料金が高い自治体の一つですが、人口減少に加え、土地が広いので水道管も長い。地形も山あり谷ありで、現在のポンプに圧力をかけて水を運ぶ方法では、電気代もかかるんです。

船川さん、水道管の有収率(ゆうしゅうりつ)というのを聞いたことがありますか?
有収率…なんでしょう?
水道管は、長く使っていると穴が開くことがあります。穴があると漏水になってしまうのですが、漏水せずに届けられる水の比率のことを「有収率」といいます。つまり、漏水が多いと、有収率は下がるんですね。
この有収率ですが、東京都では97%あるのに対して、地方自治体の中には50%のところもあるんです。
50%って…水道管を流れる水の半分が漏水しちゃってるんですか!
そうなんです。こうした状況だとまず穴をふさぐ必要がありますが、そのノウハウがない自治体もあるのです。
このような状況では、水道事業を合理化することはとても困難です。

実は下水道のほうが4倍ヤバい
これからの時代、水道インフラの維持管理は非常に重大な問題ですね。
そうですね。ただ実は、水道だけでなく、下水はもっと大変なんですよ。
下水道はおそらくこのまま放置したら、自治体のお金が吹っ飛びます。
水道事業が更新するのには1kmあたり1億円かかると言いましたが、下水はこの4倍かかると言われています。
なぜ下水のほうがお金がかかるのでしょうか?
まず、パイプの口径が違います。水道管は一番大きいものでも直径1メートル弱くらいです。一方、下水道の場合は、おそらくこのチャリツモの3階建てのオフィスまるごと入るくらいの口径があります。
そんなに大きいんですか!上水道のように圧力で押し出していないから?
そうですね。あと、下水道は大雨にも備えているので、常にいっぱいになっているわけではありません。下水道を歩いてみると、普段は小川くらいのせせらぎくらいの水量です。
それが大雨の時にはいっぱいになります。
もうひとつは、水道管には汚れた水が流れることは無いので管の負担は少ないけれど、下水道の場合は、汚れた水が流れてきます。
例えばとんこつラーメン屋がスープを大量に流すと、油が詰まって壊れやすくなりますよね。そのため水道管よりも老朽化しやすいし、施設の規模も大きくなります。
汚れた水をきれいにしてから河川に流さなければいけないので、様々な技術が使われているんです。
極めつけの事実は、下水道に関しては、ほとんどの自治体が今既に赤字ということです。
下水道の料金は水道の料金と一緒に支払っていますが、下水道に関してはそれだけで賄えず、既に自治体の財源で補填されています。だいたい使用料と同じくらいの額を補填しているといわれており、収益率は50%ほどですね。
そういう状況で更新の時期を迎えているんです。
施設更新に1kmあたり4億円ほどかかるとすると、下水道更新のタイミングで自治体が破綻する可能性が高いのです。
恐ろしいですね。
その時にどういう未来が待っているのでしょう。
我々が払っている税金は、インフラを維持するためのだけ使われ、教育とか福祉は削られる時代が来るかもしれないということですね。
インフラストラクチャーというのは、「下支えするもの」という意味があります。町を下支えするものであって、私たちがインフラの奴隷になってはいけないと思うんです。
確かに、本末転倒ですね。
それにしても下水道の話は初めて聞きました。あまり議論されていないのはなぜなのでしょうか?
それはですね、まだ更新までに10年くらいの余裕があるからです。
下水道の敷設は、水道の敷設より10年遅れて始まっています。水道の敷設のピークが60~70年代だとしたら、下水道は70~80年代がピークです。
なので、このあと10年後くらいに下水道の問題が表に出てくるかもしれません…が、「水道も10年前から対策しておけば良かったよね」って今さら言っているじゃないですか。
本当は、下水道の議論も今やるべきなんです。
50年後を見据えた、住民参加型の議論を
基礎的なインフラって、長いスパンでメンテナンスまで考えて作らなければならないんですね。
それとともに、時代の変化をきちんと捉えて、計画の“修正”をしていかなければならないと思います。長崎県の石木ダムの記事を書いたときも思いましたけど、何十年も前にたてられた計画が、実際はその当時の予測と全く違う未来をすでに迎えたにも関わらずゾンビのように生きながらえることがあります。
下水道もそうです。こんな状況でも、遠い昔の下水道敷設計画にこれから着手しようという自治体もあるんですよ。
「公共事業と小便は、始まったら止まらない」という(僕が作った)ことわざがあるんですけど、止めるものは止めないといけません。
後から「ダウンサイジング※がいい」って言っても遅いんですから。今から50年後を見据えた計画が必要です。
考えてみてください。今インフラは余っているんです。
1万人の人口があった時に、将来2万人になることを想定して作ったインフラがあります。なのに現在の人口が9000人しかいないとします。1万1千人分の余剰なインフラがあるんですよ。
令和のインフラは「適切な資産管理をして、適切なダウンサイジングをすること」が求められています。
これまでにダウンサイジングに成功した例はあるんですか?
そうですね、広域連携をしてダウンサイジングをした例として、岩手県で3自治体(北上市、花巻市、紫波町)が統合して、資産の適正規模化を実現したケースがあります。
統合後の4年間で、34あった浄水施設を21にすることができました。
そんなに縮小したんですか。やろうと思えばできるんですね!
存亡の危機に陥っている水道や下水道の現状を乗り越え、そうしたダウンサイジングをはじめとした思い切った改革が必要ですよね。
最後にお聞きしたいんですが、そういった改革を成功に導くための秘訣はなんだと思いますか?
住民参加型の前向きな議論をすることだと思います。
そこには、意思決定に未来の人も巻き込む必要もあります。
やっぱり現代世代の損得だけで意思決定すると、将来に大きなツケを残すことになりますから。
住民合意のうえ水道料金の値上げに成功した岩手県の矢巾町(やはばちょう)がいい例です。
この町では役所から市民に2050年を見据えたビジョンを共有していて、ワークショップをしたり、浄水施設の見学を開催したり、水道に関するデータを開示したりと、住民参加を大切にしています。
施設見学に参加した住民は、こんな感想を述べていました。
「当たり前だとおもっていた水道の、料金計算の根拠を知ることができた」
「水道事業持続のためには、投資が必要だと思った」
「冷蔵庫の貯金に似ていると思った。ある日突然壊れていきなり高額の出費になると困るから、日ごろから少しずつ貯金をしているのですが、水道事業も同じ。娘の世代のために少しずつ値上げするのは必要なのかもしれない」
普通、市民が水道に求めるものは「おいしさ」と「安さ」です。これは消費者的な考え方です。
でも、公共インフラは、市民の持ち物でもあります。自分の持ち物に「おいしさ」と「安さ」だけを求めるのではなく、どうすれば持続可能になるか、一緒に考えていく姿勢も必要だと思うのです。
インフラ事業は、まちづくりの一部です。行政にお任せ!ではなく、市民も関わっていく必要があります。
水をきっかけに自分が住む町の将来のことを考えてくれたら嬉しいです。

あとがき
私たちは、水なしでは生きられません。
人間は水なしでは4-5日ほどしか生きることができないといいますが、水があれば絶食しても3週間ほど生き延びることができるといいます。
近年震災の被害により、断水を経験した方も多いかと思います。
蛇口をひねれば、安全な水がでてくるということ。
当たり前のようなことが、当たり前でない地域があります。
しかし、日本でも、当たり前だった水道のサービスが、当たり前じゃなくなる日が来るかもしれません。
「当たり前」ほど、はかなく脆いものは無いかもしれません。
私たちの当たり前は、地域や国、時代が少し変わると簡単に崩れてしまうものなのかもしれません。
水道事業に関わらず「当たり前」の裏にある仕組みや歴史に、目を向けてみること。
時代によって変わりゆく「当たり前」。
その都度考えることももちろん大切ですが、長いスパンでどんな社会を作っていきたいか、考えてみる必要がありそうです。
50年前の失敗を繰り返さない社会でありたいと感じました。
目次
