知っていますか?象牙の「はんこ」に隠された残酷な現実を
日本には、社会人になったとき、成人したとき、人生の節目に「一生モノ」として象牙の「はんこ」を持つ文化があります。こうした節目に、両親や、祖父母から贈られた方も多いのではないでしょうか?
手のひらに収まるささやかな贈り物である象牙の「はんこ」。実はその裏で、無数のアフリカゾウの命を奪い続けていることを、私たちは知りません。
まずはこの動画をご覧ください。
「はんこ」のみでアニメーションを構成することで、残酷な光景を抽象化しながらも、象の文字がかたどっているアフリカ象とその生命が奪われる現場への想像力を駆り立てる、素晴らしい映像作品ではないでしょうか?
この映像は海外のNPO「WILDAID」が作った象牙問題を訴えるためのPR動画。
今回はこの動画キャンペーンの日本代表でもあり、また自身でもNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げ、絶滅の危機に瀕するアフリカゾウを密猟から守るための活動を手掛けている山脇愛理さんにお話を伺いました。
プロフィール
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山脇 愛理
Airi Yamawakiアフリカゾウの涙 代表理事・共同創設者
幼少期、父の転勤で、アパルトヘイトが行われていた南アフリカへ。東京・ロンドンでの短期滞在以外のほとんどの時間は南アフリカで過ごした。
子ども時代からクルーガー国立公園など、保護区に行くのが好きで、南アフリカ・ヴィッツ大学動物学科で動物行動生態学、分散学と考古学を専攻。
大学卒業後は、日本のテレビ局制作の動物番組をきっかけに、アフリカ各地の動物や大自然をはじめ、様々なトピックのメディアコーディネートや現地プロデューサーを手がける。
現在アメリカのプロダクションにプロデューサーとして所属するかたわら、アフリカゾウを絶滅から守る活動をするNPO法人「アフリカゾウの涙」を創立し、日本とアフリカで活動中。
また、海外の環境保全団体「WILDAID」が行っている日本の象牙需要ゼロに向けたキャンペーンの日本代表も務めている。認定特定非営利活動法人アフリカゾウの涙
https://www.taelephants.org
認定NPO法人「アフリカゾウの涙」
代表理事の山脇さんに
お話しをうかがいました!
象牙の最大消費国が「日本」だったという衝撃。
アフリカゾウの涙はいつから活動されているのですか?そして、山脇さんは、なぜゾウのための活動をしようと思ったのでしょうか?
NPO法人「アフリカゾウの涙」は、2012年、私ともう一人の日本人女性・滝田明日香の2人で立ち上げた団体です。
滝田も私もアフリカ育ちで、幼いころから野生動物を身近に感じて育ちました。もちろん昔から密猟の存在を知ってはいましたが、正直さほど気には留めていませんでした。
ところが、仕事を通じて滝田と出会った翌年の2012年、たったの1年間でアフリカゾウの10%が密猟で殺されていることを知りました。10%というと、およそ3万8,000頭。15分に1頭という恐ろしいスピードでアフリカゾウの生命が奪われていたんです。
そして密猟の目的である「象牙」の最大の消費国の一つが日本だったということを知り“衝撃”を受けました。
このままでは10年後…、私たちの子どもの世代ではアフリカゾウが地球上から絶滅してしまう。最大の消費国である日本で生まれ、アフリカで育った滝田と私だからこそ、この問題に取り組むべきではないかと思い、活動を開始したのです。
日本が最大の象牙消費国だったんですか?!ゾウの密猟と日本の関係性についてもう少し教えてもらえますか?
もともとゾウの密猟問題が世界的に問題として認知されるようになったのは、1989年です。
ゾウ研究の権威として知られるイアン・ダグラス・ハミルトン氏が1979年にアフリカで大規模なゾウの個体調査を行い、その際報告された数は130万頭でした。ところがわずか8年後の1987年の調査で、ゾウの個体数は半減し、62万頭となっていたのです。原因は密猟と生息域の減少です。そしてさらなる調査で密猟で殺されたゾウのうち67%が日本で消費されていることがわかりました。
事態の深刻さを重く受け止めた国際社会は、1989年のワシントン条約で象牙の取り引きを世界的に禁じました。ワシントン条約後は徐々に個体数が回復してきたと言われています。
しかしその後、1999年と2007年の2度、死んだゾウに限ってその象牙の取引が解禁されたことがあります。このとき許可を受けて合法象牙を輸入したのは日本と中国でした。しかしこの合法象牙の取り引きが、象牙市場をの価格高騰をまねき、その結果、密猟は再び爆発的なスピードで増えて行くことになりました。
これまで日本とともに象牙の大量消費国だったのは中国です。
2016年のワシントン条約第17回締約国会議でゾウの取引禁止が全会一致で可決されると、中国は国際社会に「象牙の取引を一切禁ずる」と宣言し、アメリカとともに積極的にこの問題に取り組んでいく姿勢を見せました。
そして2018年1月1日には実際に中国国内での象牙の取引の一切を禁じたのです。
そして今では国際社会が象牙取引を禁じているなか、日本だけが十分な規制もなく象牙の取引を継続しています。日本には「合法象牙の登録制度」がありますが、この制度に関しては数々の抜け穴が指摘されていて、日本も世界の違法象牙の問題から切り離すことはできないと考えられています。
しかし残念ながら、日本国内ではこの事実はあまり知られていません。
象牙の取引禁止を決めた中国。問題の認知すら進まぬ日本。その違いは?
なぜ中国では取引禁止まで踏み込むことができたのでしょう
中国が取引禁止にこぎつけたのは、私が日本での活動を共に行っている団体『ワイルドエイド』の影響が大きいです。
彼らが最も得意とするのは、活動対象国の著名人、スポーツ選手や芸能人を巻き込んで制作するPR動画を使った啓発活動です。
著名人たちの発信力を借りて、密猟問題などの課題の認知度を上げるのです。
中国の場合、他の国とは違い、このPR動画の“放映枠”を中国政府が寄附をしてくれたことも成功要因となっています。中国政府はワイルドエイドに年間300億円分の広告枠を寄附したのです。
このことにより、中国国内での象牙問題の認知度は50%も上昇しました。すごい成果ですよね。
他にも、中国では、元NBA選手のヤオ・ミン氏が象牙取引禁止を訴える署名活動を行い、集めた署名を政府に提出したりもしました。
そうした取組が功を奏し、2018年1月には中国国内での象牙取引が政府によって禁じられるまでになったのです。
中国政府の成果はもう一点あります。国内の象牙産業従事者に、段階的に他産業への転換を支援し、既存産業従事者からの反発を最小限に抑えようと努力した点です。
例えば、象牙彫刻を生業にしている方を政府が雇いあげ、博物館職員として職を与えたりしています。
象牙問題に関して、中国政府はしっかりと取り組む姿勢が見えますね。それに比べて日本はどうなんでしょう?
日本の現状としては、国民が「象牙」の問題を十分認知しているとは言えません。象牙の卸業者に対する働きかけも十分ではありません。
私たちのような団体から見ると、そもそも「政府が深刻な問題として認識しているか」ということも疑問符が付きます。
海外から日本に密輸入される象牙の扱いを例にとってみましょう。
密輸の場合、たいていは品目を「つみき」とか書いてカモフラージュして郵便物として送られてきます。出元はナイジェリアやジンバブエです。
それを日本政府は積極的に検知しようとせず、密輸物として見つかるのも、偶然発覚するケースがほとんどです。
密輸物ですから、もちろん罰則規定はあります。しかし取締にあたる機関が縦割りで連携がないことなどから、きちんと機能しているとは言えない状況なのです。
税関の検査で、箱の中身が象牙とわかったらどうすると思いますか?
宛先の住所に税関から「この梱包物はあなたが受け取り手ですか?」という確認の通知が郵送で送られて来るのです。もちろんそんな通知に返信するはずがありません。
返信がない場合、密輸品の象牙がどうなるかと言うと、1〜2カ月税関で保管されたのち、荷主に送り返されてしまうのです。
日本では一般的にも象牙の密猟・密輸について問題意識が低いように感じます。ともすれば象牙の「はんこ」は“日本の文化”だからしょうがない、というように“文化”を理由に正当化したり思考停止してしまっているような…
日本では経済成長期に国民全体が裕福になり、より“良いモノ”が買い求められるようになりました。「はんこ」に用いる象牙の需要が急増したのもその頃です。
もともと日本の「はんこ」は先端部分にのみ象牙が利用されていました。
ところが高度成長で豊かになった時代、「はんこ」をより付加価値のある高価な商品として販売するために「縁起物」「一生もの」というブランディングがなされ、先端だけでなく「はんこ」全体に象牙が使われるようになってしまったのです。
その結果、「はんこ」のなかでも“ちょっと良いもの”を持つには象牙製、という認知が日本社会の中で生まれ、象牙が大量に消費されるようになりました。
人間の命も奪う、ニッポンの『象牙のはんこ』。
「日本人にこの実情を一刻も早く伝えてくれ」
私たちはケニアと日本を行き来して活動していますが、現地では密猟者からゾウを守るレンジャーたちと行動を共にします。彼らは公務員として、仕事として、保護区内で密猟者の手からゾウ達を守っているんですね。 東ケニアにあるツァボ国立公園にレンジャーのエリートから構成される特殊部隊があります。 彼らの現場は『戦場』です。本当に、いつ死ぬかわからない。
レンジャーたちの仕事は、密猟されたゾウがいた犯行現場周辺の痕跡から、においや足跡をたどって密猟者を追跡し、捕縛(ほばく)することです。密猟者の寝床だったり、あるいは、隠れ家として潜伏している村を特定するんです。 追跡している間、密猟者もプロなので、追跡されていることを承知の上で待ち伏せしたりするんですね。するとそこで密猟者とレンジャーとの間で銃撃戦になります。ゾウの密猟をめぐって人間同士の殺し合いが起こっているんです。
ゾウだけでなく、人間も命を落としているんですね。私たち日本人のほとんどは、その現実を知らないと思います。
銃撃戦で仲間を失ったレンジャーは、日本人である私たちにこう言いました。
「いつまでこんなことを続けるんだ、自分たちは銃撃戦、命のやり取りが日常だ。日本人にこの実情を一刻も早く伝えてくれ」と。
密猟者と日々銃撃戦を繰り広げている彼らも、誰かの大切な恋人だったり、誰かの大切な父親だったり、誰かの大切な孫なのです。 殺されたレンジャーの中には、妊娠した女性レンジャーもいました。
私たち日本人が何も知らずに、象牙を消費し続けているその時、地球の裏側では、日々、アフリカゾウとそれを守るために懸命に働く人の命が奪われ続けているのです。
とても重みのある言葉です。私たち日本人は、この現実をきちんと知って、受け止めなければなりませんね。
そのとおりです。
私はこの活動をしているとよく言われるんです、「ゾウが好きで活動をしているんでしょ」って。
ゾウが好きだからやってるわけじゃありません。
誰かが声を上げないと、地球の裏側で、私にとって大切な友人であり、誰かにとって大切な家族である、尊い命が奪われ続けるから、だから活動しているのです。
アフリカゾウやそれを守るために戦う人々。彼らを守るために日本人の私たちがするべきことはなんなのでしょう
彼らを死なせないために協力してほしいことは、この事実を知って、情報を拡散・シェアすることです。
現状、どこの国の市場が密猟の背後にいる犯罪組織やテロリストと直接的に関わっているか、見分けが付きません。だからこそ象牙の取り引きを一斉にやめようというグローバルな機運が高まっています。しかし、日本は「日本の国内市場は違法取引に関与していない」として、取り引きの全面閉鎖に反対しています。
現に違法な取引が見つかっているにも関わらず、このような国の姿勢を変えるためには、多くの人を巻き込んで世論を象牙の取り引き反対を訴える世論形成が必要なのです。
そして、もっと具体的な行動は、実印を作るとき、象牙を選ばないということです。 日本の象牙消費の8割が「はんこ」によるものなので、象牙の「はんこ」を選ばないというだけで非常に大きな効果があります。その第一歩をぜひ踏み出してほしいです。 日本には素晴らしい文化がたくさんあります。「はんこ」も時代に合ったサステイナブルな印材に切り替えていくことで、世界にも愛され続ける文化として、日本人にとって誇りに思える発展をして欲しいと思います。
そして自分の買うもの、消費するものの背景でどういうことが起こっているのかを想像する、ちょっとした疑問を持つ。この象牙問題がそのきっかけになってくれるといいなと思います。
インタビュー後の動きについて
「Yahoo!ショッピング」や「ヤフオク」などオンライン通販で国内最大手であるYahoo! JAPANが、11月1日よりオンラインでの象牙の販売を停止すると発表しました。
今まで楽天、メルカリ、アマゾンといったオンライン通販を手掛ける日本企業は、次々にオンラインでの象牙販売をやめてきました。
そんな中、Yahoo! JAPANはオンライン象牙販売サイトでは最後の巨大販売サイトだったので、これは大きな前進です。
先日までジュネーブで開かれていたワシントン条約締約国会議では、日本政府が象牙の販売禁止の延期を実現させましたが、日本の民間企業の間では象牙販売禁止の必要性の理解が広まり、オリンピック目前に国際社会と足並みを揃えたいという大手企業の思惑や、世論が反映されているのではないでしょうか。
取材を終えて…
チャーリーのひとこと(あとがき)
山脇氏から「象牙のはんこが人の命を奪っている」という言葉を初めてお聞きしたとき、社会で何が起こっているのか、と一瞬、思考回路が止まったことが印象に残っています。
お話をお伺いしているうちに、日本の象牙消費と密猟問題の構造が理解でき、手のひらに収まる象牙のはんこに言い尽くせない悲しみを覚えました。
たかが「はんこ」で多くの命が奪われている、という事実を、当初私が全く想像できなかったように、社会には知ろうとしなければ、想像できない事実、知られざる真実がいくつも無造作に転がっているのだと感じました。
私たちは象牙の消費によって知らぬ間に、地球の裏側の無数の命を脅かしています。それは、もしかすると我々も知らぬ間に、何かの脅威に脅かされるかもしれない、ということではないでしょうか?
アフリカの人々とゾウたちの尊い命を守るために、自分の身近な尊い人々を守るために、まずは、一人ひとりが、自ら情報を集め、多面的に物事を考える習慣を身につけることが大切だと感じました。
最後に、一人でも多くの方の「考えるきっかけ」とするために、この記事を読んだ方は、象牙問題を周囲に伝えてほしいと思います。