罪悪感を乗り越えて。ヘラルボニーの挑戦
障害のあるアーティストによる作品をモチーフに、ネクタイや傘などのプロダクトを世の中に発信するMUKUというブランドをご存知ですか?仕掛け人は双子の兄弟、松田崇弥(たかや)さんと文登(ふみと)さん。
この艶やかな質感、そしてひときわ目を引く複雑なモチーフのネクタイもMUKUのアイテムです。
個性的なデザインの元となったのは、すべて障害のあるアーティストの作品。作品のもつ独特の質感やデコボコとした肌触りまでも再現されたこのネクタイは、もはや商品というより作品という言葉が似合うのかもしれません。(webショップはコチラ)
「昔から知的障がいのある人の制作のブランディングをしてみたかったんです。それには兄の影響もあったと思います」
そうコメントするのは、MUKUの代表の崇弥さん。
MUKUは、2年前に崇弥さんと双子の兄・文登さんをはじめとした5人によってスタートしました。
これまで会社勤めをしながらMUKUの活動を続けてきた2人は、このほど会社を退職し、独立を決意。株式会社ヘラルボニーを設立しました。今後はMUKUの活動の他にも、さまざまな取り組みを始めて行くのだそうです。
MUKUの裏側―松田兄弟を動かす原体験
崇弥さんと文登さんには、自閉症¥の兄がいます。MUKUの活動を始めた背景には、おふたりのお兄さんの存在が大きく影響しているのだそうです。
幼い頃から福祉は身近にありました。自閉症の兄がいたので、両親が福祉業界の活動に積極的に参加していて。自分たちも毎週連れて行かれましたし、福祉の活動をするのは、僕たちにとってごく当たり前のことだったんです。
だから小学生時代までは、兄とはすごく仲良しでしたね。
ただ、中学生になると、その「当たり前」にズレが生じてきたんです。自分たちの周りに、人と違うことに批判的な人もいて…。僕たち自身も気持ちに変化が生まれてきました。
兄に対して「悪いな」と思いつつ、あえて兄のことを馬鹿にする人たちと一緒にいたり、突き放してしまうこともありました。
僕たちの部活の試合に、母が兄を連れて応援に来ていたんですが、そこで兄が奇声を上げたりするのが「すげえやだな」って思っていました。思春期の頃の僕には、試合会場で知り合いが兄を指さして馬鹿にしているのを見るのは辛かったですね。
あるとき他の中学校の人が「トイレでシンナー吸っているやつがいるよ!」って言うので行ってみると、兄貴がめっちゃパニック起こしていた、なんてこともありました。パニック状態になった兄はビニール袋をかぶる癖があったんです。ビニール袋をかぶった兄を見て、シンナーを吸ってるヤバいやつだって思われたんです(笑)。
僕はその時、それが自分の兄だって言えなかったんです。今でも罪悪感があります。
高校時代は、僕たち2人とも実家から200キロ離れた学校に通っていたため、下宿生活をしていました。
3年間、兄と離れて過ごすことで、徐々に徐々に、グラデーション的に僕たちの考え方は変わってきました。
今では兄とすごく仲が良いんです。兄は今、岩手県内の就労支援施設で働いています。ことば遊びが大好きなのですが、兄と遊びができる人は、世界でも片手で数えられるくらいしかいません。(笑)
今思い返すと、中学生の時に兄を拒絶してしまったのは、ある種の自己防衛だったのだと思います。
おふたりに多大な影響を与えた兄の存在。彼らが立ち上げた株式会社ヘラルボニーにも、原点にはお兄さんの存在があります。
MUKUのプロジェクトを始めてから、幼い頃の兄が書いていた日記を見返したんです。この日記は、兄が小学生時代まで、毎日のルーティーンとして書いていたものです。
日記帳を開くと、NHKの子ども番組やヒーローものの番組など、当時兄がお気に入りだったものが書かれています。
その中で、ひときわ目を引かれたのが「ヘラルボニー」という謎の言葉です。
この言葉だけは、僕たち兄弟でも全く解読できません。おそらく兄の造語なんでしょう。言葉の持つ音の響きが面白かったのか何なのか、わかりませんが、兄にしかわからない面白さがあるんだろうな、と思います。
「世の中には伝わらないけれど、彼らにとって面白いもの」を企画・編集できる会社になろうという意味を込めて、このヘラルボニーという言葉をそのまま社名にしました。
おふたりの家族との原体験が、今のMUKUやヘラルボニーに色濃く反映されているのですね。おふたりは双子ですが、双子であることで良かったことや苦労することはあったのでしょうか。
実はよくケンカするんです。今日のインタビューの前にもケンカしていました。ほかの人には優しくできても、兄弟には全然できないんですよね。これからの課題です。
ただ、仲直りはすぐできます。友達同士だったら絶交するレベルのケンカでも、1時間くらいで解決するんです(笑)
僕がFacebookでちょっとエモいことを書くと「キモイ」とか言われるんです(笑)
僕が書いた投稿を、何も言わないで書き換えられるとイラっと来たりします(笑)
お兄さんへの想いを共有し、信頼できる他者として、双子の存在はとても大きな支えになっているのですね。
MUKUの誕生-罪悪感を乗り越え、福祉とアートの世界へ挑戦
お兄さんへ感じていた罪悪感。
それを乗り越え、福祉をクリエイティブな視点で見ることから、MUKUという挑戦が始まりました。
実際にMUKUとして商品の制作をしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、岩手にある「るんびにい美術館」でした。母がそこに「素敵な絵を描く人たちがいる」と教えてくれてたんです。実際に行って、アート作品を観て、単純に「売れるな」と思ったんです。
しかし、障害のある人のアートは一般の人に対してはまだまだ知られていない。広く普及させるにはどうしたらいいか考えた結果、アートを身近なモノに落とし込むことで、広められるんじゃないかと思いました。
福祉施設で製品を作ることは今でも行われており、僕らの兄も就労支援施設で革製品を作っていた事があります。ただ、製品のクオリティは決して良いものとは言えませんでした。商品を手に取った率直な感想は「誰が買うんだろう?」。正直、クオリティを上げなければ、一般の市場で売るのは難しいな、と思ったんです。
自分たちで商品を作ると決めた時、僕らは最高品質で、最高のアートを届ける、と決意しました。アーティストの方に、最大限の敬意を払うという気持ちもあります。とにかく、品質にはとことんこだわり、アートを越える作品作りに挑戦しています。
これからの挑戦
ヘラルボニーの挑戦は、プロダクトを超えたプロジェクトに拡大していきます。
るんびにい美術館と出会い、アートには発信するパワーがあることを知り、自分たちも発信するためのツールとしてアートを選びました。
これからは、プロダクトだけでなく、もっと多くの方法でアートを街に溶け込ませる企画を考えています。
例えば、工事現場の周囲を立てられる仮囲い。企業に協賛してもらって、地元のアーティストの作品を仮囲いのデザインに使いたい。無機質の仮囲いにアートで彩りを与えることで、地方の中小規模の建設会社のプロモーションや、地域の振興にもつながると思うんです。
アートの枠を超えて、就労支援施設もプロデュースしようと思っています。ヘラルボニーは、福祉施設のプロデュースを通して、福祉自体をアップデートしようとプロジェクトを立ち上げています。
その最初の取り組みが「ソーシャルホテル」です。
福祉をアップデートする、新たな取組「ソーシャルホテル」とはどういったものなのでしょう。
「注文を間違える料理店※」から着想を得ました。彼らの考え方がすごく面白いんです。認知症の方が働いていることを、前提として開示することで、「間違える」という行為自体をエンタメ化しているんです。
その考え方を転用して、お皿洗いができないスタッフとか、挨拶ができないホテルマンがいるような、知的障害者の方が働くソーシャルホテルを作りたいんです。
「この人はこれができないけど、あれはできます!」みたいな感じで、できること・できないことを開示した上で、彼らとのコミュニケーションを楽しんでもらいたいんです。
ホテルだと、チェックイン・チェックアウトの時間が決まっていたり、仕事を細分化・ルーティーン化しやすいので、知的障害がある方でも働きやすいように工夫できます。
障害のあるアーティストの方に、施設そのものにアートペインティングをしてもらうとか、お客さんと一緒にワークショップしてもらうなどの仕掛けを用意して、ライブ感のある場所にしていこうと思っています。
これからはどんどん場作りをしていきたいですね。
場作りとしてもう一つ考えているのが、障害のある兄弟を持つ人のコミュニティ作りです。
実はMUKUには月に1回くらい、障害のある兄弟について相談がくるんです。
この前も自閉症のお兄さんがいる女子高生から悩み相談が来ました。
彼氏にお兄さんの事を馬鹿にされたみたいで、恋愛に恐怖心を持ってしまったそうなんです。その時に、彼女は相談できる相手がいなかったんですよね。
そこで偶然MUKUというブランドを知っていて、連絡をくれました。
もちろん、僕らなりに丁寧に返信したんですが、本当はもっと的確にアドバイスができる人がいるはずだと思うんです。なので、障害のある兄弟を持つひとが相談できる場として、コミュニティを作ることにしました。
松田さんたちは中学生時代、周りがお兄さんを馬鹿にし始めた頃、二人でお兄さんについて話すことはあったのでしょうか?
全然なかったですね。もちろんお互い認識していたんですが、共有事項として話すことはなかった。
兄が馬鹿にされている、ということを親にすら言いたくはありませんでした。
こうした話題って、兄弟同士でもなかなか話し合えないものですね。
同じような境遇にいる人は、話さない・話せない人が多いです。
兄弟の会の作るに当たって、まずは知り合いからメンバーを募って、内々で飲み会をしたんですけど、みんな共通して拒絶する時期があるんですよね。
大人になった今は、笑い話になってしまうんですが。
こうした拒絶を解消していくことで、何かソリューションを提供できれば、社会的に大きな意義があると思うんです。
終わりに ーできることを伸ばす世界へ
松田さんたちの活動は、まさに人間の“違い”を生かしていくこと。
多様性が求められるのは福祉の世界だけでなく、一般社会にも大切なことです。
一般企業など福祉以外でも汎用できる考え方のように感じます。
鹿児島県にある社会福祉施設に「しょうぶ学園」というところがあるのですが、そこの考え方の軸になっているのが「できないことを訓練するのではなく、できることを伸ばす」ということ。この考え方がすごく好きなんです。
こうした考え方は、まさに一般企業にも汎用できるかもしれないですよね。
世界で初めて車を製造した企業であるフォードの工場※では、あらゆる工程が分業化され、能力に応じて割り振られていたそうです。障害がある人もない人も、その人の能力に合わせた仕事ができていた。
フォードの生産方式には賛否両論あるのですが、均質な労働力を求める現代社会に必要な考え方なのかもしれません。社会の仕組みがより複雑になった現代でも、個性に合った仕事を見いだしていきたい。
障害のある人でもやりがいを持ちながら、社会と交流できるといいですね。
なるほど。それでは最後に、松田さんたちは活動を通してどのような社会を作っていきたいと思っているのでしょうか。
うーん、「社会を変えよう!」っというような気持ちでは活動していないんですよね。それよりも、障害について知って、考えてもらう機会を広く提供したいと思っています。
障害に対する差別を根絶する!というのはなかなか難しいのですが、まずは社会に対して、知ってもらう機会を作っていきたいです。
こうした活動をしていると、同情されたり、必要以上に称賛されたりすることがあります。本当はそうした言葉がいらなくなるくらい、福祉を身近にしたいんです。触れてはいけない、というようなタブー感を取り払いたい。
僕らがやっていることは、特別なことではなく、「部屋が汚いから、片付ける」という感覚なんです。
違和感があるものに対して、身の回りを整えていくうちに、結果としてこうした活動が社会に浸透していってほしいと思っています。
参考情報
株式会社ヘラルボニー
- facebookhttps://www.facebook.com/heralbony/
- twitterhttps://twitter.com/heralbony
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