そろそろ、みんなが勝つ方法を考えよう/ パタゴニア元日本支社長・辻井隆行さん
こんにちは!ライターのばんです。
いきなりですが、みなさんは「ダムネーション」という映画をご存知でしょうか?
水力発電、生活や工業のための水の確保、そして川の氾濫防止などを目的に作られてきたダム。この映画では、アメリカで実際に起こった「ダムの必要性」についての議論が描かれています。
どんな技術にも、良い面と悪い面があるものです。ダムは開発から半世紀以上たった今、環境や経済への影響について、見直されつつあるのです。中には撤去されるダムもあり、世界的にもホットな話題となっています。
映画「ダムネーション」も、2014年の公開直後から世界中で話題になりました。
実はこの映画、アウトドア企業のパタゴニアの創設者であるイヴォン・シュイナード氏が出資して作られた作品です。
パタゴニアはサーファーや登山家などアウトドア志向のファンが多く、近年は若い人たちにも人気のブランド。環境問題などにも積極的に関わる企業としても有名です。世界中に支社があり、パタゴニアの日本支社は、先日チャリツモでも取り上げた石木ダムの問題について、啓発活動に取り組んできました。
石木ダムに関して、パタゴニア日本支社内でも熱心に活動してきたのが、今年の9月末まで支社長を務めていた辻井 隆行さんです。
辻井さんは支社長在任中に、各地の講演会で石木ダムについて語ったり、ダム問題を伝えるプロジェクト「#いしきをかえよう」に参加して多くの賛同者を集めたり、石木ダムの事業者である長崎県に公開討論会を求めるための署名活動を展開したりと、この問題に精力的に取り組み、重要な役割を果たしてきました。
昨年公開された石木ダム建設予定地の住民を追ったドキュメンタリー映画「ほたるの川のまもりびと」ではプロデューサーもつとめました。
前回に引き続き、石木ダム問題に着目した記事の第二弾となる今回は、そんな辻井さんにお話を伺いたいと思います。
石木ダム問題に対しての想いや、企業として社会問題に積極的に関わる理由、政治との関わりについてなど、普段はなかなか聞けないお話を語っていただけました。
インタビュアーは、前回、石木ダム問題のまとめ記事を書いたライター船川です。
プロフィール
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辻井 隆行 1968年東京生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程(地球社会論)修了。99年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア東京・渋谷ストアに勤務。2000年、正社員として入社。鎌倉ストア、マーケティング部門、卸売部門などを経て09年日本支社長に就任。自然と親しむ生活を送りながら、#いしきをかえようの発起人の一人として市民による民主主義や未来のあり方を問い直す活動を続ける。今年9月、10年間務めた日本支社長を退任した。
インタビューは
ここから!
「もうすぐ故郷がなくなるんです」きっかけは、ひとりのSOSだった
本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。
パタゴニアさんとして取り組んでいる石木ダムの問題を中心に、パタゴニアの取り組みについて、ざっくばらんにお話をお聞きできればと思っています。
よろしくお願いします。
さて、まずは石木ダムの問題について、私もいろいろ勉強したのですが、本当にたくさんの矛盾があるように感じています。知れば知るほど、この問題は放っておけないなという危機意識が高まりますね。
情報収集をする中で、これまでパタゴニアが石木ダムに関する多くの取り組みをやられてきたということを知りました。どうして石木ダムに関する活動を始めるようになったのでしょうか?
パタゴニアが主催している「環境助成金」というプログラムがきっかけでした。パタゴニアは、売上の1%を世界中の環境団体に寄付すると決めています。環境保護の活動をしている団体向けに、例えば「シンポジウム開催」など具体的な目標に応じて寄付するプログラムがあるんです。寄付に加えて、草の根活動家のための「ツール会議」というのも行っています。
日本支社の寄付先団体の一つが「石木川まもり隊」でした。「石木ダム建設の正当な理由がないのであれば、ダムのために街が沈むのは本意ではないよね」という想いのもと活動されている方々で、ツール会議の際に、彼らに問題を共有してもらったんです。僕もその場にいて、団体の方と面識ができました。それが一番初めのきっかけです。
なるほど、それがいつ頃ですか?
2014年ごろです。「石木川まもり隊」は、佐世保市民による団体なんですが、その中に水没予定地の住人でイラストレーターの“ホーちゃん”がいました。彼女が自己紹介で「もうすぐ私の故郷がなくなるかもしれないです」と言ったんです。僕は「そんなことが今の日本でもあるのか」と衝撃を受けて、強く関心を持ちました。
ダムで町が沈むって、「激動の昭和」の時代の話ですよね。
たまたま、パタゴニア本社で映画「ダムネーション」を作っていて、日本でも関連イベントを開催していた時期でした。
アメリカ式のやり方がなんでもいい、というわけではもちろんありませんが、ダム問題に関しては、問題の本質は似ていると思いました。日本が日本として、問題にどう向き合っていくのか、しっかり考えていくのが“日本支社の役割”だと感じたんです。
石木ダムの問題って、利水とか治水とか、いろんな側面があって、複雑ですよね。私もいろいろ調べてみましたが、なかなか資料が見つからず、苦労しました。
そうなんですよね。なかなか事実関係がつかみにくい。
実は日本でも、本当にダムが治水に有効か、疑問視する意見があります。ダムが洪水被害を拡大させたことが分かってきたりしているんです。
そもそも、ダムは利水と治水両方のために作られることが多いですが、利水のためのダムであれば、ダムは常に“いっぱい”になっていたほうがいいですよね。
でも治水のためであれば、大雨の時に水を貯めて、落ち着いたときに放水するので、ダムはいっぱいだったらいけないわけです。その時点で矛盾が生じていますよね。
利水と治水双方に関する効果については、本当に検証することは難しいです。
台風19号と八ッ場ダム
先日の台風19号では、「利根川の反乱を防いだ」として、一部で称賛された八ッ場ダム。しかし、当時の八ッ場ダムは完成前で、試験湛水の期間に入った直後だった。カラだったダムは、台風19号の通過後には満水状態になっていた。
八ッ場ダムは完成後、非洪水期(10月〜6月)は、利水目的の水を貯水する予定。八ッ場ダムが、貯水された状態で台風が来たら、緊急放流を避けられずに下流域が被害を被る可能性も考えられる。
利水もしながら、治水もする。一石二鳥に見えますが、それを両立しようなんて、そもそもロジックとして間違ってる。
そうですね。熊本県にある荒瀬ダムが、国土交通省が予算を付けて撤去された初めてのダムなのですが、撤去に6年かかりました。しかも撤去の理由が、昔の清流を取り戻したい、というだけでなく、治水への悪影響が大きかったというのです。
すべてのダムが治水に悪影響を与えているわけではないですが、ひとつひとつのケースをしっかりと検証する必要があります。
なるほど。治水の面から見て逆にダムがリスクになるという話は、なかなか周知されていませんよね。そもそもダムについては、みんな無関心というか当事者意識が湧きづらい。下流域に住んでいるすべての人が本当は当事者なんだということは、私も最近になって意識しはじめました。
そう思います。石木ダムの問題については4年くらい関わっていますが、関心の薄い人々の意識を変えるためにやってきたことが、徐々に人の目を集められるようになってきました。一貫して提唱しているのは、とにかく公の場でしっかりと話し合うということ。
ずっと言ってきていることで、最近も公開討論を求める署名を5万通集めました。うち2万は長崎県内の人々の署名です。
有権者全体で110万人くらいの長崎県内から2万通もの署名が集まったことは大きな意味があります。条例の制定を直接請求
石木ダム建設問題 公開討論求め署名5万筆 県外3万筆 市民団体が県に提出 | 2019/8/29 – 長崎新聞#石木ダム #署名活動 #ダム
— 長崎新聞 (@nagasaki_np) August 29, 2019
https://t.co/vecCoJv3vm
これから大切になるのは「公正な移行」
もし実際に石木ダムについて県民投票が行われたら、現在進められている計画が覆される可能性もありますよね。
でも、仮に白黒はっきりつけたとしても、ダムに沈められるはずだった53人の方の故郷は守られるのですが、困る人もいることを考えなければいけません。
もともとその建設を538億で受注していた業者は、悪くもなんともないんです。ダムで食べていこうとしていた人はどうなるのか、という問題です。
地域経済が期待していたものはどうなるのでしょうか?実際に地域経済が活性化するかどうかは置いておくとして、ダム建設によって恩恵を受けられるはずだった人のことも、しっかりと議論のテーブルに乗っけないといけません。
そのとおりですね。利益を受けるはずだった人たちと一緒に問題解決を目指すにはどうすればよいのでしょう。
最近、ダムとは別の気候変動問題に関するシンポジウムに出席して知ったのですが「公正な移行」という考え方が国連などで提唱されています。
どんな考え方かというと、例えば、50年、100年単位で役立ってきたテクノロジーが、何かの理由で技術の弱点が見つり、もう使えなくなったとします。社会の流れとして、新たなテクノロジーを導入することになったと。そうなったときに、古いテクノロジーに携わってきた人たちを置き去りにしないで、一緒に移行していきましょう、という考えが「公正な移行」です。
小さな規模ですが、北海道の下川町というところが良い例です。下川町は、人口3000人くらいの小さな町なのですが、面積の90%が森林です。冬はものすごく寒くなるので、莫大な暖房費が町の財政を圧迫していました。
こうした問題にどう対応しようか、と考えた末、森林を持続可能な形で活用することにしたんです。
いたずらに伐採するのではなく、FSCという認証を取得して、木材をバイオマスチップに加工し、暖房の熱源にするという取り組みです。資源は町の中にあるので、年間で町の支出を1,900万円節約できる。町民から集めた税金を節約できた分、子育て支援などに使おうという計画です。
一見きれいな解決策に見えますよね。でもこの施策によって取り残される人がいたんです。それは、町で灯油を売っていた人たちです。
では、町は何をしたでしょうか?
灯油を売っていた人たちに組合を作ってもらって、その人たちにバイオマスチップの製造販売を一括してお願いしたんです。
灯油を売っていた人たちも、どうしても灯油にこだわっていたわけではないので、今はバイオマスチップに切り替えて頑張っているそうです。
こうすることで、町全体が勝ったじゃないですか。これが「公正な移行」の考え方ですよね。
海外では、税金を使って、石炭火力発電で働いていた人たちが、ソーラー発電の現場に移行した例もあります。石炭火力とソーラーエネルギーでは、必要なスキルも技術も違うので、職業訓練をなんと最長10年間も保証したんです。
「公正な移行」、興味深い考え方ですね。それにしても10年間の職業訓練はすごいですね。
話を聞いて思い出したのは、中国の象牙の話です。もともとアフリカゾウの象牙の密猟の多くは中国が関わっているといわれていました。しかし、2016年のワシントン条約締約国会議で、中国は自国内の象牙の市場を全面閉鎖すると宣言し、世界中を驚かせたんです。その後、実際に象牙市場を閉鎖するにあたって、中国政府は象牙産業の人たちを取り残すことなく、彼らが別の産業に移れるようしっかりと支援したのだそうです。
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まさに公正な移行の考え方ですね。そういうことが世界各地で起こり始めているんです。すごくいいですよね。全体にとって一番持続可能な方法じゃないですか。
今SDGsって世の中ではやっていますけど、それも「誰一人取り残さない」ってなっていますよね。
これを石木ダムの話に重ねてみると、まずはみんなで話し合わないといけないと思うんですよね。僕自身が答えを持っているわけではないんです。専門家ではないんで。
ただ、素人なりに考えることは、ダムの予算538億円のうち、ダムの本体工事に充てられる300億円は長崎の地元の業者に行くんじゃなくて、東京とか大阪の大きなゼネコンに行っちゃうんですよね。なんかもったいなくないですか?
限られた税金を上手に使って、地元のためになるようにできないものかと思うんです。
「まずはいろんな立場の人を集めて、話をしようよ」、そんな“はじめの一歩”として僕らが求めていることは、話し合いなんです。
「日本」という国の在り方を問う
辻井さんがプロデューサーをつとめた映画「ほたるの川のまもりびと」のなかで、ダム建設に反対する人が看板立てて、必死に、命がけで戦っているのを見て、命がけで守る故郷があるってこと自体、なんだかうらやましい気持ちもありました。
石木ダムは、多くの人にとって、故郷というものを改めて考えるきっかけになる、大切なテーマのように感じられます。
確かにそうかもしれませんね。活動に関わってくれる人たちの中にも、川原(こうばる)と自分の故郷を重ねる人が多いです。なんとなく、自分の故郷に似ている気がする、という人もいます。
ただ、石木ダムの話はこうした感情的なもの以上の意味があると思っています。
僕自身も、始めは「誰かの不幸の上に成り立つ幸せでいいんですか?」と思っていたのですが、今は本当に、日本という国の在り方が、このままいくとまずいと思うようになりました。悪い意味での島国根性が出ている気がします。世界の今の情勢や関係性を顧みないで「日本はこれでいいんだ」と言える時代じゃないと思うんですよね。
例えばCO2の出し方だって「日本はこれで(CO2を出し続けて)いいんです」って堂々といえる状況じゃない。
捕鯨の話もそうです。確かに先住民は近海でクジラを捕っていましたが、南極海まで行って捕るというのは別の話でしょう?
僕自身、別に日本にこだわっているわけではなく、住んでいるのが日本なので気になるのですが、社会がすごく保守的ですよね。年配の人と話すとよく「あの人は革新ですよね」「保守派ですね」とよく聞くのですが、そういう分け方自体がもうナンセンスだと思うんです。
難しいことだとは思うんですけど、本当に日本の国益とか国民がみんなハッピーになるために模索するのが、本当の保守じゃないですか。政治に特別興味があるわけではないけれど、やっぱり政治って大切なんですよね。
いいかげん、誰が勝って誰が負けてっていうことを決めるのではなくて、そろそろみんなが勝つ方法を真剣に考えないといけない。
このまま永遠に勝ち負けが続いていくと、その間に犠牲になるのは、他でもなく弱者なんですよ。これはよくないな、と思っています。
保守というと、今まであった生活や文化、歴史を大切にしながら、よりよくしていく思想ですよね。となれば、保守こそ自然や環境にもっと興味を示してもいい気がしますね。
政治にわあわあ言う企業でありたい
パタゴニアいえば、前回の参院選挙の際、日本国内の全店舗を閉店したことが話題になりましたよね。よくあるCSR的な社会活動に熱心なだけでなく、「政治」についても積極的な企業だと思います。
今回のダムの話も、自然環境の問題にとどまらず、すごく政治的な話です。そこに切り込んでいくのに難しさなどを感じますか?
選挙(のときに全店休業にした試み)の話は、失敗したな、と思っているんですけどね。なにしろ全然投票率が上がらなかったんで…。
でも、すごく面白い取り組みだと思いました。
政治に触れることに関しては、周りからもよく言われますね。
でも、僕は「政治的なものに触れてはいけない」という社会的な見方が活動を難しくしていると思います。
「政治に触れちゃ、まずいよね」というのはおかしい。だって、未来のことを決めるのに、政治の話なしでは無理じゃないですか。自分はどういう未来にしていきたいのか、みんな主張しないと。
これは、坂本龍一さんが言っていたことなんですが、民主主義って1億人があっちだ、こっちだ、ってわあわあ言っているといつまでたっても物事が決まらないから、代表を立てたものです。
だけど、代表が何をするかに対して、1億人がわあわあ言い続けないといけない。じゃないと代表は迷ってしまいます。だから、わあわあ言うことが大事なんです、と。
これ、すごくわかりやすいですよね。だから僕も、いろんなところで「わあわあ言いましょう」って言っています。
そして決めるのはみんなでいいんですけど、税金を払っている社会の一員として、パタゴニアも企業の考えを表明しています。「こういう環境規制になったほうがいい」とか、「炭素を出しまくるやつらと競争して勝たなきゃいけないんだから炭素税ちゃんと導入してください」とか。ディスカッションするにも、黙っていては何も始まりません。
まさにそう思います。企業も大人も、しっかりと意思表示しないといけないですね。
ひとりひとりテーマは違っていいと思うんです。誰もがダムに関して専門的な知識を持っていないといけないわけじゃないし、僕だって「子育て」とかになると、子どもがいないから全然わからない。そこについては子育てしている人が声を上げればいいと思います。
世間の風潮として「代替案がないのに声を上げるな」っていうのもあるじゃないですか。あれ、すごく嫌だなって思うんです。例えば「母として、原発には嫌な予感がします」って思っているのであれば、そう言っていいんですよ。そういう声が、もし国民の2割に達するのであれば、2割が不安を持ったまま力技で進めていいんですか?って話し合いのキッカケになるので。
もちろん話し合ったところで、一発で解決するものでもないですが。
反対するなら証拠を立証しろ、と立証責任を押し付けてくる風潮、たしかにありますよね。
専門家であるならば、反対意見の人を納得させられるように立証してもらいたいところです。
企業として、日本的価値観を体現する
地域の文化や暮らし、その前提となる自然環境を守るために、私たち自身が何が大切かを話し合わなければなりませんね。
そうですね。暮らしや文化、環境もそうですが、経済的にも何が一番持続可能性があるのかも、しっかりと話し合う必要があると思います。
カジノの政策もそうですが、家庭や職場でストレスがあったら、そりゃカジノに逃げたくなるじゃないですか。それで依存先になってしまう。世界中で多くの人が依存症になっているんです。
これって誰一人取り残さないっていう理想とはかけ離れています。たとえそれで経済が潤ったとしても「カジノに依存した弱い人」が生まれて、傷ついて、その他の人々が幸せになる…というのはどうなのでしょうか?
実は日本人の3.6%の人がギャンブル依存を経験しているというデータがあるんですよ。世界でもトップクラスです。
そんなに依存しているんですか?…日本でも田舎に行くと、パチンコ屋って一番大きいですもんね。
その根底には、先ほどおっしゃったように、ストレス発散の手段が無いとか、コミュニティが希薄だとか、個人のいろいろな原因があると思います。しかし、ギャンブル依存を社会問題として捉えたならば、根本的な解決のためには、様々な立場の人が、対話をしないといけないですよね。
一方今の社会は、様々なステータスを基準に、分断が進んでいるように感じます。そして分断されたひと同士の対話のツールがない、というのも問題の一つですよね。
そうした中で、メディアの役割も大きいですよね。
そうですね。今の時代、出版も売れるものばかり書きますよね。ヘイト本とかが巷に出回っている。メディアも本来報道すべきものを報道しなくなっているという指摘は多いです。
そう考えると、パタゴニアさんは営利企業でありながら、“理念”を追っている。売れるものを売るという理念ではないじゃないですか。「広告も出さない」と聞いたことがあります。
広告は、実は今は出しているんです。ただ、製品にフォーカスしたものは出していないんです。
では、どういう広告なんでしょう?
カリフォルニア本社のイヴォン(パタゴニア創設者)のマーケティングの定義は、メッセージを伝えることなんです。
例えば、Tシャツの広告の場合、Tシャツをメインに載せていても、素材やオーガニックコットンの話をメインにします。なぜなら、伝えたいメッセージはそこにあるから。Tシャツはあくまでそれを伝えるツールです。
でも、結果としてTシャツが売れないと企業としてまわっていかないので、Tシャツも載せています。
なるほど、面白いですね。
実は、環境にいい洋服なんてまだないんですよ。
考えてみれば当たり前なんですが、何もないところから製品は生まれないんで、素材を地球環境のどこかから調達しないといけない。大体の場合、めちゃくちゃ水とエネルギーを使って、CO2をだして作られます。服を作ることは、環境に大きな負荷がかかることです。ですけど、その環境負荷をなるべく低く抑える、ということが僕らがまず取り組んでいることです。
環境負荷を抑える方法や、方法を探していることをメッセージとして伝えたい。どうせ買うのであれば、ガンガンCO2を出して、土地を汚染しながらつくるTシャツよりも、僕らのTシャツを買ってほしいじゃないですか。だから、Tシャツも広告に載せます。
なるほど、会社としての理念を伝えて、共感してもらうと同時に、より環境負荷の低い選択肢を提示するんですね。
そういうことです。
それって、すごくきれいなストーリーで、真似したい企業はたくさんあると思います。でも、同じようなことができている企業は少ないと思います。
なぜ他ができなくてパタゴニアにはできるのでしょうか?
いやあ、それは「パタゴニアが奇跡的に上手くいっている」というのが正しいかもしれません。時代の流れがあると思うのですが、本社のイヴォンが、いつも時代の10~15年先を見ているんですよ。もしそれが100年先とかだと誰もついてこないと思うんですが、ちょうどいいあんばいで、彼がやってきたことが潮流になってきたりする。オーガニックコットンなんかもそうです。
ただ一番の秘訣はやっぱりお客さんの“ニーズ”は何かをまじめに考えいるということかもしれません。僕らは必要以上の“ウォント(欲望)”を生み出すことはやらないです。
必要がないものを作ると、環境に悪いんです。ゴミは捨てられるだけじゃないですか。欲望とかストレス発散で買ったものって、着ないでしょ。
日本の場合、年間で約40億着くらいの洋服が流通しているそうですが、そのうち98%が輸入品です。2%だけが日本製。そして40億着のうち5割以上が不良在庫なんだそうです。百貨店に卸したり、店舗に並ぶのが半数以下ということです。
20億着以上が、お店に並ぶこともないんですか!?とんでもなくもったいない。
さらに、購入された洋服のうち7-8割は1年以内に廃棄される。そしてまた新しいものが買われるんです。
そんなにすぐに捨ててしまうんですか?
結構普通のことだと思いますよ。洋服好きな人は、大体2-3割しか残さないんです。となると、実際に必要な洋服の数って、流通しているうちのほんの1割か2割くらいなんだと思います。あくまで仮説の一つですが。
衝撃的な数字ですね。
いずれにせよ、持続可能なわけないんですよね。
捨てられた洋服がどうなるかというと、基本的に燃やしているんです。それをエネルギーとしてリサイクルしていると言っているんですが、(生産するために使うエネルギーと比べて)何十分の一しか再利用できないんです。言ってしまえば、洋服は作らないほうがいいに決まっている。
だから、欲望を煽るような広告はしないんです。“身の丈に合った量を、その人たちのニーズに合うようにまじめに製品作りに取り組む”っていうのが1番大事だと思っています。
日本の文化にある「もったいない」という言葉そのものですよね。今の日本って、そういう感性を失いかけているようにも思えます。
「足るを知る」ということなんですよね。僕らがやっていることは、日本的な価値観の再発見のようなところもあると思います。
パタゴニアには、Better Than New(ベター・ザン・ニュー)というキャンペーンがあるのですが、英語になってはいるものの、「もったいない」といった価値観に近いと思います。
Better Than Newってすごいですよね。「新品よりもずっといい」っていってメッセージです。
古着とかおさがりだと、なんかネガティブなイメージがついてくると思うんですが「新品を買うよりも、今あるものを大切にしましょう」っていうポジティブなキャンペーンです。パッチを付けたりして、リメイク・修理をしながら、長く使おうよって。
我慢することが美徳というのも、日本人的な価値観の一つかもしれません。でもパタゴニアのやっていることは、みんなが「かわいい!」って言いながら修理を楽しむことで、日本人的な価値観を楽しく生かすことだと思います。結果、不必要にたくさん買わなくて済むんです。
なるほど。面白いですね。アメリカ発祥のパタゴニアですが、その企業理念は日本の風土や文化ととても親和性がよい、ということですね。とても興味深い。
パタゴニア社長退任。そしてこれからは…
最後に、辻井社長はもうすぐパタゴニアを退任するというのを聞いています。
そうなんですよ。
この先も環境問題に関わっていくつもりですか?
そうですね…もちろん環境とか自然は好きなんですけど、呼び方としては「人間問題」のほうがしっくりくるような感じがします。
人間問題ですか。
結局は「どうやったらみんなが幸せに生きていけるか」という話をしていると思うんです。
生きている以上、自分自身も幸せでいたいし、自分が幸せじゃないと人の幸せって考えられないと思うんです。特に歳をとってくると、自分だけ幸せだったらいいや、というわけでもなくなってくる気がして、ちょっとは人の役に立ちたくなってくるでしょう。周りの人が幸せであることが、自分の幸せの在り方の一つになる。そんな社会になってくると思います。
自分が幸せで、余裕を持つことは、とても大切なことですよね。
こういう(社会的な)活動をしていると、正直たまに疲れてしまうこともあります。「もうやめちゃえ」って思うんです、人間なんで。だから、100%やり過ぎず、いいあんばいでやっていきたいですね。 結構いつも周りからの期待値が高いことが多くて、プレッシャーになるんですが、自分が楽しい具合を忘れずに、マイペースで頑張ります。
今日は辻井さんの素敵な人柄が垣間見れた気がします。これからのご活躍も楽しみにしています!本日はお話しをありがとうございました。
あとがき
日本で暮らしていると、どことなく政治について話してはいけない雰囲気があります。 親しい友人同士はもちろん、会社や芸能人が政治に関することは話してはいけない…。 そんな中、パタゴニアのスタイルは、理念や思想をストレートに社会に伝えていて、他の企業と比べて目を惹くものがあります。
資本主義社会で生きている限り、貨幣価値や競争原理にさらされることは仕方のないことかもしれません。しかし「誰一人取り残されない」社会を作るためには、主体である私たち一人ひとりがしっかりと社会参加する必要があるでしょう。また、民主主義社会で、どういった社会にしていきたいか、そのためにどうしていくべきか、個々人が意見を持たなければなりません。意見なくして、議論はできないからです。
毎日身にまとう洋服のように、社会や生活と政治のつながりを自然に考えることができると良いなあと感じました。
(ライター:ばん)