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2016.12.01.Thu

“わたしたちの月3万円ビジネス”を仕掛けるchoinaca(ちょいなか)/前編

マルさんのそれまでのお話も聞かせてもらえますか?

わたしは生まれは違いますが、小中高をここ杉戸町で過ごしました。 で、短大を卒業して映像制作の会社に勤めました。グラフィックデザイナーとして入社したんです。

実は僕も映像制作の会社にいたんですよ。スカパーの番組とか作る。マルさんの会社はどんな映像を作ってたんですか?

わたしのいた会社は、イベント会場で流す映像とかを作ってました。企業向けのものですね。幕張メッセような大きな展示場のブースで、空間演出を含めたPR映像とかプロモーション映像などです。

じゃあ、矢口さんと同じような現場にいたんですね。

そうなの。職種は違うんだけど、同じようなイベントに関わっていたんだよね。1回だけ一緒に仕事もしました。

なんか縁を感じますね。 映像制作はやっぱり忙しかったですか?

もちろん(笑)。
自分自身、特にこだわりもなく、ただ広告という業界に憧れて入ったんだけど、会社ではかなり揉まれて。
昼夜逆転の生活で、土日の予定なんか組めないような、そんな環境だった。でも当時はそれが当たり前の業界なんだなーって思ってたんです。
あと、あの業界って男社会なんですよね。社内には制作の女の子はわたし以外いなくて、ガテン系に近い体力勝負の仕事だから、わたしが思い描いてた“デザイナー”のイメージは見事に打ち砕かれた(笑)。

すごい泊まり込んでたもんね。いつも。

よくもったなーって、今は思うけどね。円形脱毛くらいで済んでたから(笑)。 過労死してもおかしくない感じだったね。

僕も同じ業界にいたから、怖いくらいわかります。
徹夜の編集作業が3日続いて、最後レンダリング開始のキーを押して落ちる…。みたいなね。
レンダリングとは、映像に施したエフェクト処理をコンピュータが実際に加工する処理のこと。エフェクトが複雑になればなるほど時間がかかり、当時はレンダリングが10時間ということもあった。そのため、ギリギリまで作り込んで最後にレンダリングをかけるのだが、途中でパソコンがフリーズして阿鼻叫喚ということもあった。

うわぁ〜、あったね「レンダリング」! 今はレンダリングのレの字も見たくない(笑)!その後結婚して程なく出産。 で、出産後に復職する気でいたんだけど、産まれた子どもの顔見てたら「もうあの業界には戻れないな」って本気で思ったんだよね。 「自分の生活を犠牲にしてまで、仕事をする意味あるのかな」って。

わかるわ〜。

あとは、さっき真紀ちゃんも言ってたけど、クライアントの顔が見えないっていうのはさみしかったな。 わたしが作ったデザインを評価してくれるのって、当時わたしのなかではディレクターとかプロデューサー止まりだったんですよ。その後ろには大きなクライアントがいるんだけど、その人たちの声は直には聞こえてこなくて。そのイベントが終われば、また次のイベントのための仕事が待っているって状況だから、わたしのデザインはどんどん消化されて行くだけだった。作った喜びをシェアできるひとが限られていたんですよね。
子どもが産まれたとたんに、そうして歯車の一部として働くってことが、できなくなっちゃった。
その後、映像業界を離れてからは3年くらい専業主婦として子供との生活を大事にしてました。 その間も真紀ちゃんとは連絡とっていて、この矢口祭りも招待してもらったし、映像も作って。 当時から真紀ちゃんとなにかできた、らおもしろいだろうなってふんわり考えてたんです。

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    マルさんが地域の仕事に関わるきっかけになった『杉戸宿ガイドブック』。

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    町中の歴史的な建物などを一件一件、自分の足で周り、数多くの名所を発掘することができた。

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    マルさんが、毎回デザインしているマルシェのポスター。

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    杉戸宿開宿400年を記念して定期発行されているフリーペーパー『スギトゴト』も、マルさんが手がけている。

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    3ビズのチラシは、講座でデザインの講師も務める都内のデザイナーさんが担当。

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    デザイン・キャッチコピーなど、プロのクリエイターのつながりを強みにしている。

こっちに帰ってきたのはいつ頃ですか?

4年前に久喜にUターンで帰ってきたんです。家族で。 埼玉での暮らしは13年ぶり。わたしはもともとこの地域のことはよく知っていたけど、旦那はここが地元ではないので、知り合いもいないし、田舎だし、最初は大変そうでしたね。
こっちに来てからも特に働くつもりもなく主婦として過ごしてたんだけど、ある日久喜市の市役所に行ったときに、置いてあったハローワークの求人を興味本位で見てみたんです。そしたらなんとその中に“『杉戸宿ガイドブック』のスタッフ募集”って求人があって。
「杉戸町なんてなんにも無い所で、どんなガイドブックを作るんだろう」って気になっちゃって。 で、わたしデザインやってたし、やってみたくなっちゃった。 応募の〆切は過ぎてたんだけど、直談判して応募したら、デザイン枠で採用されて、ガイドマップ作りに参加できたんです。

具体的にはどんな仕事だったんですか?

『杉戸宿ガイドブック』事業は、スクリーニング調査っていって、町の魅力再発見みたいな目的で町中を調査して、報告書にまとめる。そして最後にそれをガイドブックにするっていう、杉戸町の事業だったんです。
で、わたしはデザイナーだからデザインするだけだと思っていたら、自治体の仕事だから“デザイナー”という概念があまりなくって(笑)。スタッフ全員が一緒に取材に行って、全員が町を練り歩いて。みんなで一緒にゼロから作っていくっていうお仕事でした。

デザイナーの枠にとらわれずに、調査や取材から参加したんですね。 やってみてどうでした?

それまではただ“ものをつくる”っていう、請け負い仕事みたいなのがデザイナーだと思ってたんですけど、こうやって地域の人たちと関わったり、足を動かしたりしながら、そこで得たものをデザインに落とし込むっていうのがすごくおもしろくって。最初はめんどくさいなぁって思ったんですけど(笑)。
そうやって実際に足を動かしたことで、わたし自身、それまで気づかなかったものに気付いたんですよね。 普段は車で通り過ぎちゃう道も、歩いてみたらすごく魅力的な古民家を発見したり、味のある裏路地の風景を見つけたり。いろんなものを見つけて「うわー、もったいない!」って思いましたね。

へぇー。そういえば僕もここが地元なのに、通ったことのない道とかたくさんありますね。

そうでしょ。 わたしが特に気になってるのは、古民家。
杉戸町にはたくさん古民家があるけど、所有者も自治体もお金がかかるし使いみちがないからって放置されて朽ち果てていくだけ。わたしもなんでそんなに古民家に惹かれるのかわからないんですけど、とにかく「今のひとたちじゃ建てられないだろうな」っていうような家がたくさんある。それらがただ更地になるのを待つっていうのは阻止したいなっていう“疼(うず)き”を感じていました。でもその”疼き”をどうすればいいのかわからなかった。
そんなときに真紀ちゃんがこっちに帰ってくるって話になった。杉戸町のガイドブックを作った1年後です。
真紀ちゃんが「わたしここでなんかやってみたい」って言うので、わたしも思わず「一緒にやらせて!」って。それでchoinacaが始まったんです。

つながった!素敵な話だなぁ。

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ただわたしたち2人がラッキーだったのは、ガイドブックの制作のときにお世話になった杉戸町のNPOの理事長がとても良くしてくれたことなんです。

「すぎとSOHOクラブ」っていう12年くらいこの地域で活動されている団体なんですが、そこの理事長がおじいちゃんなのにすごいパワフルで。 
最初マルに紹介されて、挨拶したとき、“これからやりたいこと”をプレゼンしたんです。「これがやりたいんです」ってことを全部言ったら、「おもしろいじゃねえか。全部やれっ!」って。ほんとに全部やらせてくれるんですよ。

地域で信頼のある団体だから、その団体の名前で進めると地元の理解も全然ちがうんです。

失礼ですが、お年を召した方って保守的な方が多い印象です。特にこういう田舎だと。
そんなに理解ある方はめずらしいですよね。

普通だったらアイデア伝えても「そんなの無理だよ」ってところから始まるんですよ。
でもその理事長は「とりあえずやってみろ!失敗してもいいから」って。
この人と会えて、本当にわたしたちラッキーだったなって思います。

矢口さん、マルさんの再会も、その理事長との出会いも、めぐりあわせですね。
僕もこの地域が地元なんで、こんなにおもしろい人たちがいるって知って、すごく嬉しいです。ワクワクします。

今回はここまでです。次回はこうして再会したchoinacaの2人が、実際にどんな取り組みをしてきたのかをお聞きします。

ちょいなかインタビュー後編(2/2)を読む

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船川 諒
WEBデザインと、記事の執筆&編集を担当しています。
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