【パブコメ 今日まで】共同親権制度について思うこと
みなさんは「共同親権」という言葉を聞いたことがありますか?
離婚後の家族のあり方に関する言葉で、父母がともに子どもに対して親権を持つ制度のことを指します。今、日本にもこの制度を導入するかどうかをめぐって、熱い議論が交わされているので、どこかで聞いたことがあるという方も少なくないかと思います。
親権とは、未成年の子を養育監護し、その財産を管理したり、子を代理して法律行為をする権利や義務のことです。子どもが成人するまで守り育てる、親の責任と考えるのがわかりやすいです。
これまで、日本は離婚した夫婦に未成年の子どもがいる場合、父母のいずれか一方が親権を持つ「単独親権」の制度をとってきました。
しかし近年、離婚後に子どもと疎遠になってしまった別居親(子どもと離れて暮らす親)を中心に、「子どもの利益のために、離婚後も父母双方が協力して子どもを育てるべきだ」として、父母双方が親権を持つ「共同親権」の導入を求める声が高まっています。
そんななか、法務省は諮問機関である法制審議会で共同親権の是非について審議を開始。
2021年3月から続いた専門家による議論をまとめた「中間試案」が昨年11月に公表されるとともに、国民からの意見を募るパブリックコメントが開始されました。
そのパブコメの期日は本日2月17日。そんなギリギリなタイミングではありますが、一度、この共同親権の問題について皆さんに知ってほしいと思い、この記事を書いています。
ちなみに、筆者は共同親権の導入に反対する立場です。
ただ、離婚後の父母がともに子育てに関わるということに反対しているのではありません。父母双方、そしてなによりも子どもがそれを望む場合、別れたあとも子どもの幸せのために、父母が互いに思いやり、尊重しながら子育てに関わり続けることは素晴らしいことだと思います。
共同親権の「共同」という言葉は、甘美な香りを放つ言葉です。
なんだか自由とか平等とか、そんなリベラルな雰囲気のある言葉です。知的で理性的で、イイモノのような気がします。
ただ、現実を見てください。婚姻生活が破綻したあとに、そうした関わりあいを続けられる夫婦がどれほどいるでしょう。
わたしは、信頼関係が破綻していたり、互いにリスペクトできない関係になってしまった家族にとって、親権を共同で分かち合うのは、とてもむずかしいことだと思います。
端的に言うと、家庭内での暴力(DV)を理由に離婚したケースの場合、いつまでも逃れられない呪縛になってしまう危険性があると考えていて、そのようなケースは決して少なくないと思っているのです。
* * *
DVの問題を解決せずに、共同親権を導入することの危険性
日本では、毎年20万件前後の夫婦が離婚しますが、どんな理由で離婚しているのでしょう?
最高裁判所が調停・審判による離婚について、動機を調査した結果を公表しているので、2020年度のものを見てみましょう。
離婚の理由ベスト5
順位 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
1位 | 性格が合わない(59.6%) | 性格が合わない(37.5%) |
2位 | その他(20.5%) | 生活費を渡さない(30.4%) |
3位 | 精神的に虐待する(20.4%) | 精神的に虐待する(25.2%) |
4位 | 異性関係(13.8%) | 暴力を振るう(19.7%) |
5位 | 家族親族と折り合いが悪い(12.6%) | 異性関係(15%) |
離婚の申し立て理由として最も多いのは男女とも「性格の不一致」です。そして2位以降を見てみると、暴力(DV)が理由に挙げられていることがわかります。
特に女性の側が離婚理由として挙げることが多く、2位〜4位までがDVとなっています。
ちなみに、「生活費を渡さない」「精神的に虐待する」という、身体的な暴力以外もDVにカウントしていることに、疑問を感じる人は、気をつけたほうがいいです。もしかしたら自分自身でも暴力と気づかずに相手を傷つけてしまう危険性があるからです。
DVの種類は身体的な暴力以外にも多数あります。
生活費を渡さないなどの「経済的DV」や、言葉や態度で相手を精神的に傷つける「精神的DV」(ちかごろよく聞くモラハラなんかも含みます)、相手が望んでいない性行為を強要する「性的DV」、監視したり束縛したりする「社会的DV」や、子どもの前で暴力をふるったり非難・中傷したりする「子どもを利用した暴力」もDVです。
上記の表は裁判所が家事事件としてあつかった案件のみをカウントしていますから、協議離婚は含まれていません。それを踏まえたとしても、DVが原因の離婚がとても多いことがおわかりいただけるのではないでしょうか。
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共同親権が導入された場合に、起こりうる事態
離婚の原因がDVであるケースが少なくないことを確認したあとで、そうした経験をした親子が、共同親権の導入でどのような影響を受けるかについて、考えてみたいと思います。
共同親権が導入された後、実際に起こりうるケースを紹介します。
【居所指定】子どもの引っ越しができない
エピソード
離婚して5年。やっと正社員になれたBさん。
小学生の子ども2人は、別居親と月に1回の面会交流を続けています。
そんなある日、Bさんは、勤務先から隣の県の事業所に異動を打診されました。
通勤時間が片道2時間くらいになるので、引っ越ししたいと思いましたが、子どもの居所指定権を持つ共同親権者に納得してもらわないと引っ越しはできません。
おそるおそる「引っ越そうと思うんだけど」と聞いてみたら…
相手は「何を勝手なことをいうんだ」、「面会交流するのに、遠くなるのは困るから、認めない」と怒ってしまいました。
現在の事業所は売上も減っているので、今のままの勤務先にいることはほぼ不可能。
このままだとわたしが仕事を失ってしまいかねない…。
居所指定権ってこんなものだったの?これが子どもの利益になるの?
解説
「中間試案」の中には、父母の一方が監護者である場合、一方が居所を単独で決められるという案もありますが、居所に関しては事前協議ができないときは家庭裁判所の決定という案もあります。
居所、住まいの決定はたいへん重要視されています。
この規定の結果、同居親の職業決定権や、住所決定権などが脅かされることにもなりかねません。
また居所指定ということですから、海外旅行、海外の修学旅行などの際にも出国のときには同居親でない監護者のサインが必ず必要となるといった制度になることが考えられます。
サインがもらえなかったらどうなるのでしょうか。子どもは出国することができなくなるのです。
これは共同親権の国アメリカで起こっていることです。
【教育】子どもの進学についての別居親からの許可が取れない
エピソード
サッカーに夢中な中学生の息子。中学3年になって受験生になった彼は、勉強もサッカーもどちらも頑張って、念願のサッカー強豪の〇〇高校に合格。母子で抱き合って喜びました。
そして、離れて暮らす元夫にも進学先の決定を報告するために電話をかけるも、つながらない。LINEもメールも何度送っても既読すらつかない。一体どこで何をしているの!?
1週間で入学手続きをしなければならないのに、このままでは元夫の同意が得られず入学手続きができずに、今までの息子の頑張りも全てみずの泡に…。
家庭裁判所に「共同決定ができない」と訴えても家庭裁判所はパンクしているため、決定は半年後だという。一体このままじゃ、子どもの進学先はどうなるの!?
解説
共同親権のもとでは、子どもに関する財産の管理に父母の合意が必要となります。また、それ以外の重要な決定についても、父母が協議し共同で行わなければならないかもしれません。
「重要な事項」というのは、
(1)アルバイトや就職などの職業に関すること
(2)進学や塾や習いごとなどの教育に関わること
(3)手術・歯列矯正・入院など医療に関すること
(4)海外旅行や留学、引っ越しなどの居所に関すること
(5)宗教
などです。
法制審による取りまとめには、「共同で決める」としながらも、事後報告でよいという案もありますが、事前に協議して共同で決定しなければならないとする案も含まれています。事前の協議で決まらなければ、家庭裁判所が一つずつ決定するということも考えられます。
もしも協議が整わないたびに、家庭裁判所に申し立てて解決しなければならない場合、上に示した進学先決定の事例のように共同での決定が間に合わなくなる場合も考えられます。
子どもが大けがをして緊急に手術が必要な場合なども、共同監護者が手術の同意をしなければならない場合も同様です。
事前の協議が必要ないという案が法律になったとしても、離れて暮らす共同監護者が異議申し立てをしてくることも考えられます。
日常的に子どもの様子を見ている側が子どもの将来を考えて決めたほうが、子どもの最善の利益にかなうのではないでしょうか。
共同親権が導入されて起こりうる、さまざまなケースのうち、たった2つを紹介しました。
これまで、親権を持つ同居親(離婚後の子の監護者)がひとりで決めることができたことがらについて、別れた相手からの合意を取り付けなければいけなくなるのが共同親権です。
合意が必要ということは、つまり、相手に「拒否権」を与えることとほぼ同義です。別れた相手にいちいちお伺いをたてないと物事が前に進みません。
DVが理由の離婚の場合、別れたあとも被害者がいつまでも暴力や支配から逃げられないことを意味します。
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DV事案は「例外」に。そんなことホントにできる?
共同親権推進派の人々は、「DVがあったケースに関しては、例外として共同親権を適用せずに、これまでと同様単独親権にすればいい」と言います。
もちろん、それができるのであれば、少しは安心かもしれません。でも、それはそもそもDVがあったことをきちんと認定することができる体制が整っているという前提での話です。そして現実は違います。
少なくとも今の日本では、DVがあったことを司法に認めてもらうことが、とても難しいのが現状です。
裁判所では、DVを認定するために必要な証拠を求められますが、DV被害の渦中にある被害者には、診断書や通院記録や日付入の写真など、DVを証明するための十分な証拠を集める余裕なんてありません。とくにモラハラなど精神的な暴力になると、目に見える証拠が残りにくく、立証のハードルは格段に上がります。
全国31のひとり親支援団体が加盟する全国組織・シングルマザーサポート団体全国協議会が、子連れで離婚したひとり親2,524人を対象に行なった調査では、調停経験者の2割以上が「DVを訴えたが面会交流を実施された」と回答していました。
ちなみに、「面会交流」に関して付け加えておきます。
現在の家庭裁判所では原則として面会交流を積極的に実施すべきだという方針をとっています。そのため、被害者が「身体的なDVがあった」と訴えても、「子どもの面前でDVが行われていた(児童虐待防止法で定義されている面前DV)」と訴えたても、その被害を認めてもらえなかったり、過小評価されることが横行しているのが現実です。
裁判所の「面会交流ありき」の結果として、司法の場でDVに対してきちんとした評価がされず、DV被害を受けた親子の安心安全はまもられていない状況が続いています。そんな状況で、共同親権については「DV事案は例外にすればよい」という意見を真に受けることはできません。
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DV問題解決やジェンダーギャップの解消など、共同親権を議論する前にやるべきことがあるのでは?
この記事の冒頭で述べたとおり、わたしは父母が離婚後も子育てに関わることが悪いことだとは、ちっとも思っていません。夫婦としてはうまくいかなくても、父母としては互いに協力しあって立派に子どもを育てあげることができる父母はたくさんいると思います。ただ、そうした関わり方がむずかしいケースにまで、共同での養育を強いるような制度になる危険性が高いのが、今回の共同親権の議論だと、わたしは解釈しています。
また、共同親権を議論すべき以前に、解決すべき課題であるジェンダーギャップの解消がいっこうに進まない日本社会で、まともに共同親権の制度が運用できるとは思わないのです。
先進各国の多くは、「共同親権制度だから、日本もそれを導入して国際標準に合わせるべきだ」ということを、共同親権推進派の人々はよく言います。
だけれど、現実を見てください。ジェンダーギャップ指数という男女格差をはかる指標では、日本は156カ国中、堂々の120位。先進国だけでなく、そのほかの国々も含めたランキングで低位に位置づけられています。
共同親権のもと、父母が共同して子の養育に関わるためには、父母が対等な関係性にあることが条件だと思うのですが、それがこの社会では実現されているとは到底言えません。
男性が優遇される社会で、雇用や賃金の格差が生まれ、家事・育児負担の不均衡や性別役割の押し付けが当たり前になり、パワーバランスが崩れて、家庭内での暴力(DV)が生まれます。
「また、暴力の原因としては、夫が妻に暴力を振るうのはある程度は仕方がないといった社会通念、妻に収入がない場合が多いといった男女の経済的格差など、個人の問題として片付けられないような構造的問題も大きく関係しています。男女が社会の対等なパートナーとして様々な分野で活躍するためには、その前提として、女性に対する暴力は絶対にあってはならないことなのです。」
引用元;ドメスティック・バイオレンスとは|内閣府 男女共同参画局
DVは、対等でない関係性の間で起こること。共同親権推進派の人々が「DVのケースは例外に」と言うのは、とどのつまり、支配ー被支配の関係に陥った場合に共同親権を持ち込むのは危険だと、推進派自ら認めているということでしょう。
そうであるならば、彼らは多くの夫婦がDVを原因に離婚する現状で共同親権の導入の危険性に気づき、そうした支配ー被支配の不均衡な関係性を作り出すジェンダーギャップの解消に目を向け、別れたあとも共同で子どもを養育していくことができる社会を実現するためのもっと別のアクションをするべきではないでしょうか。