
自分の好きなことを仕事にしたい。憧れの仕事で成功したい。という夢を持つ女性にとって、ロールモデルとなる女性の存在は大きい。
しかし彼女たちのインタビューの内容はその“経歴”に着目されがちで、私たちはその成功の裏にある“ストーリー”を知らない。
彼女たちのストーリーを知ることができれば、私たちはそこから何かを得たり、励まされたりするはず。
この連載では、様々な分野で活躍中の自分らしく輝く女性たちのストーリーを紹介していきます。
ライター紹介

国際人権NGO勤務。博物館学芸員資格保持のファッションオタク。
“Empowered Women Empower Women.”

ビジネスモデルが無いから、誰もやっていない。だから私がやるんです/森山誉恵

子どもの頃の夢は?
正直、コロコロ変わっていましたね。
なんとなく覚えているのは、高校生の時に、女性初の都知事になると言っていたこと(笑)
高校時代生徒会長をしていたので自信がついて、なんとなく言った言葉ですが、当時から社会の中で役に立つ存在でありたい気持ちはずっとあった気がします。
自分がやりたいことに気づいたのはいつ、どこで?
実は大学1年生の頃は、なんとなく大手投資銀行に内定をもらうことを目標にしていました。その仕事をちゃんと知っているというよりは、給料が高いということが一定の影響力の表れだと思っていたからです。
その会社に入るためにはいろんなことを学び、吸収しなければと思い、ビジネスコンテストに出たり、インターンをしたりしていました。
そんな毎日の中で、大学やビジコンで知り合った友人たちには恵まれている人が多いな、と感じていました。私の実家はもともとあまり裕福ではなく、高校まではずっと公立の学校に通っていました。共働き家庭だったので、高校生になったらバイトをして、自分のお小遣いは自分で稼ぐものだと思っていたけど、大学の友人たちでは、その当たり前が全く違いました。
一方で、高校時代にバイト先などで知り合った友人の中には、シングルマザーになっていたり、水商売をする子もいて、彼女たちがいわゆる社会的弱者として扱われていることに気づきました。「社会に影響を与えたい」という夢は変わらないけど、そんな状況を知ってからは、それを実現させる場所は投資銀行ではないかもしれない、と思い始めました。

今の仕事を知ったのはいつ?なぜ惹かれた?
私はNPO法人「3keys」の代表をしていて、貧困や格差下にある子どもたちへの学習支援活動やその現場を伝えることを通じて、社会全体で子どもたちを見守り支える仕組みづくりをしています。
大学時代に出場したビジネスコンテストのテーマが「社会起業」だったことから、様々なNGOやNPOの存在を知りました。
もともと、ボランティア経験を通じて、自分に向いている仕事かもしれないと感じていました。
私は一人っ子で、両親が家にいない分、管理的で過保護なルールが多い家庭だったんです。
そんな時、中学校の奉仕活動で行った老人ホームで、話を聞いただけなのに、おじいちゃんおばあちゃんが喜んでくれたことが、すごくうれしくて…。おそらく過保護で守られていた分、自分がしたことで人に喜ばれたことがあまりなかった当時の私には、印象的な出来事だったんだと思います。その後も月1回は老人ホームにボランティアで通う生活が、高校で引っ越すまで続きました。
他にも、高校・大学を通じて、障がい児支援をしているNPOなどでボランティアをしてきました。
昔から自分が満たされていなかった分、誰かの役に立ちたいという気持ちが強かったんだと思います。アメリカや韓国で過ごした時期もあるのですが、ボランティアがさほど遠い存在ではなかったことも影響しているかもしれません。元の性格が自我が強いっていうのもあるかもですが…(笑)
キャリアの中で経験した最大の成功や誇りは?
今までの自分を肯定できるようになったことです。
それまでの私はアルバイトや部活が続いた試しがありませんでした。途中で意味を見出せなくなるとすぐに辞めちゃって、それがコンプレックスでした。飽き性なのかとも思っていました。
友達付き合いもあまり深いわけではなくて、高校では、女子のグループ文化に馴染めなかったし、恋愛も全く続かなかったです。
でも、今の仕事は12年間続けています。やめようと思ったことは一度もありません。
それまで続かないことがコンプレックスだったけど、「自分は好きなこと、納得したことなら続けられる」と知ったし、“小さな違和感”を大切にできることは、強みと言えるかもしれないと前向きに思えるようになりました。
昔の私と同じように悩んでいる人がいれば、「出来上がった組織が合わないなら、自分で作ることもできるよ」と伝えたいですね。私はプロセスを含めて納得感がないと我慢できない性格ですが、自分が好きなように生きるために全力を尽くした結果、今は仕事もプライベートも自分らしく生きています。
私は、自分が好きに生きることを追求して自分を受け入れるようになりました。だからこそ、すべての人が自分らしい生き方を追求できる社会がいいなと思っていますし、そうなってほしいと思っています。

キャリアや仕事のために払った最大の犠牲は?
3keysを立ち上げた21歳当時と比べると、30歳で自分の子ができてからは犠牲にしなければならないことが圧倒的に増えました。
子どもがいると、経営者同士の交流会などにはなかなか参加できませんし、仕事に使える時間は限られます。そのような時間的な制約はもちろん、親としての責任という意味で、お金について考えることも増えました。社会の役に立つことでお金を稼げたら理想だけど、そんな理想通りには行きません。
私は夫と共働きなので何とかなっていますが、この仕事だけで家計を支えるのは現実的にはまだまだ厳しいと思います。家族やパートナーと責任を分割するか、収益性のある活動をしたり、行政がお金を出してくれる領域をやるしかありません。
今は自分の納得感を優先してチャレンジを続けていますが、それがいつまでできるのかどうか、不安は当然あります。
私は10年間、道を作ってから子育てという次の課題がやってきたので、仕事と子育てを両立できる工夫ができています。
これが、仕事の責任や経験がまだ浅いと、どちらかをある程度諦めるしかないのが現実ではないでしょうか。特に日本はそういう時に女性のほうが諦めることが多いと思うのです。
21歳で起業したばかりの頃は、名だたる大企業に行く友人たちを見て、焦ったこともありました。でも、長く続けられて、自分の裁量や責任で仕事ができている今は、この道はとても自分に合っていると思えるようになりました。
駆け出しの頃無視して正解だったアドバイスは?
「一回就職した方がいいんじゃない」はびっくりするくらいたくさん言われました。でも、企業に一度入っていたら独立して起業する勇気が出なかったかもしれないし、今のようなフィット感のある仕事の仕方ができなかったと思います。
あと、「ビジネスモデルを作ってからやりなよ」も無視して正解でした。うちはビジネスモデルがなくて、寄付で成り立っています。受益者である子どもからはお金を取れないし、まだ行政が制度化していない分野に挑戦しているからです。
「ビジネスモデルが無いから、誰もやっていない。だから私がやるんです」と思っていました。
子ども支援の現場を見ていると、いま私たちがやる必要のあることがわかってきます。ビジネスモデルがあったり、行政の支援を得られたりするサービスは既にやっているところが沢山あるので、うちがあえてやる必要はありません。それを続けた結果、うちにしかないサービスが強みになっていて、それを評価してくれる人がいます。

今の自分から見て、駆け出しのときこうすればよかったと思うことは?
正直、私はマネジメントがあまり上手ではありませんでした。期待しすぎたり、任せすぎたりしてしまうんです。想いや熱量がみんな自分と同じだと思っていたから、過剰な期待をしてしまったり、チームメンバーが増えるのが嬉しくて、人を受け入れすぎてトラブルになったり…色々ありました。今では人はみんな違うって事を理解していますし、ある程度コツをつかめてきましたが、あのときは大変だったな…と。
でも駆け出しのときの失敗を経て今があるし、私が私である以上変えられない部分もあると思うので、たとえ今、あの頃に戻ったとしても同じ失敗を“試練”として通過するかもしれません(笑)
新しいアイディアが必要な時や、モチベーションを上げたい時の特効薬は?
海外ドラマを見たり、好きな作家さんの作品を読むことです。強くて純粋な主人公や、女性が自分らしく生きようとしている姿を見ると励まされます。
長い1日の仕事を終え、オフィスを出てから楽しみにしていることは?
子どもの存在ですね。体力的にはしんどいけど、精神的にすごく癒されます。仕事では、社会の不平等に向き合ってつらい気持ちになることも多いですが、帰宅して娘に会うと色々と浄化されます(笑)
1日の良いスタートを切るために、朝いちばんにすることは?
子どもを保育園に送った後、カフェに行って、30分のんびりしてから仕事に向かうことです。まだまだ気分屋な子どもを毎朝時間内に保育園に行かせるって、毎朝小さなプロジェクトをこなしているようなものだと思っているんです(笑)
保育園に送り届けたその足で仕事に向かうと、その時点で既に疲れきってしあうし、母親モードが残っていたりするので、一息ついてから仕事をすることにしています。
世の中にもっとあって欲しいものは?減って欲しいものは?
もっとあって欲しいのは、大人が子どもと接する機会。
子どもがいる人でも、自分の子ども以外と接する機会って本当に少ないんですよね。そうすると、世間の子どもがどんな状況に置かれているか想像するのが難しくなってしまって、私たちが取り組んでいるような問題にはな
私は子どもと公園に行ったら、他の子とも遊ぶようにしています。一見わからないですが、遊んでいるうちに気付くことが多いんですよね。外国籍の子や1人親家庭の子が多いな、とか。
ファストファッションや100円ショップなどが普及して、ものが安く手に入る現代は、パッと見ただけでは貧困や虐待はわかりません。それなりに関わる中ではじめて見えてくるものなんです。
子どもを「社会で育てる」って言われているけど、現代では地域の子どもと触れ合おうとすると、ちょっと間違えると変人扱いされるところもまた難しい点です。だからこそ、ボランティアやNPOなどを通じてしか子どもと接する機会を作れないことも多いと思います。
だれかを「助ける」はもっと先の話。まず大人が学ぶという観点でもっと子どもたちとの関わりを増やしたり、知ることが大切です。
減って欲しいものは偏見。テレビなどで、社会問題に対して専門外の人が無責任な発言をしているのを見ると、心底減って欲しいと思います。
偏見の中でも、根深いと思うのは男女格差です。仕事でも子育てでも感じます。
例えば、私がたまに飲み会に行くと、「子どもは?」と必ず聞かれます。夫が見ていると言うと、「いい旦那だね」と褒められますが、逆の立場ならこうは言われませんよね。
また、うちの保育園の父母会には、驚くくらいお母さんしかいないです。私も夫も育休を取って、お互い同じタイミングで仕事復帰したら、「お母さんがもっと見てあげたら?」と言われたり…。誰も「お父さんが」とは言いません。
夫が育休を取るのも、大変そうでした。会社の風土だったり、上司の考え方だったり、まだまだ男性が育休を取るのはむずかしい社会だと感じます。
本当はおかしいと思っていても、目立ちたいわけでもないから、仕方なく流されている人はたくさんいると思います。
今後の展望は?
今後も、子どもが自分らしさを発揮したり、自分らしく生きられる環境を作っていきたいです。
仕事を通じて多くの子どもと接する中で、子どもが自分らしく生きづらい社会だと実感しています。学校も家庭もどんどん管理的になってきています。
本当のマイノリティって何?って考えたら、正解が分からないくらい、いろんな子どもがいるのに、学校のスタンダードはずっと変わらないですし、子どもにとって安心できる場所のはずの家が、息抜きにならない家庭も沢山あります。
この状況で、子どもの周りに「親」と「先生」しかいないのは、彼らに負担が大きすぎるのも大きな問題です。だから、3keysは親や先生以外の、安全な社会資源のひとつでありたいと思っています。
現在は「Mex(ミークス)」という10代向けの相談窓口を紹介するサイトを運営していて、100万人の利用者がいます。単純計算で、10代の10人に1人が利用してくれているんです。
インターネットは子どもが駆け込める場所なのに、安全な場所じゃない。だから、私たちがインターネット上にも安全なセーフティーネットを提供し続ける必要があると思っています。
また、創業当初から続けている学習支援も、依然として必要性が高いです。世の中には既存の学校教育で定めた“標準”の枠に当てはまらない子どもが大勢います。虐待や貧困などで、幼児期に絵本を読んでもらったり、反応してもらったりという、“当たり前”の体験(幼児教育)が与えられなかった子どもたちが大勢います。その結果、学校の授業を理解できなくなっているような子どもたちをサポートするためには、私たちが提供しているような学習支援が欠かせません。
そして現在、新たな取り組みにも挑戦しています。
家にも学校にも安全に一人になれる場所がない10代の子たちに、「ユースセンター」という“第3の居場所”を作る事業です。
今の子どもたちは、リアルの世界では大人からの過剰な管理や、人間関係のしがらみに苦しめられ、ネットの世界ではSNSの“つながり”に常に囚われていて、安心・安全に1人になれる場所がありません。
そうした普段のしがらみから離れて、自分を見つめたり、安心して専門家に悩みを相談できたりする場所を提供する予定です。


“Empowered Women Empower Women.”