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2019.03.01.Fri

“おうち育ち”な我が家の事情

第4話 きょうだいの思い

ごあいさつ

こんにちは。チャリツモライターのhohimaro(ほひまろ)です。
学校や園に行かず、家庭を主な学び、育ちの場として過ごす三人の娘の母です。
学校に「行けない」日々の末に「行かない」選択をした長女(13歳)と二女(10歳)。
そして「園には行きたくない」としっかり主張した三女(5歳)。
そんな我が家の日常を、心を込めてお伝えしていきたいと思っています!

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家庭などでは話すことが出来るのに、ある特定の場面、状況では話すことができない「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」を、幼稚園入園をきっかけに発症し、体が思うように動かせなくなる「緘動(かんどう)」という状態を伴いながら、先生やお友達のサポートを受け幼稚園を卒園した長女。

生徒数がとても少ない小さな小学校に入学した長女は、みんなみたいな普通の小学生になるために、がんばり、やっと自由に話し、動ける自分を手に入れました。

しかし、1年生の6月頃には娘はまた、話すことや動くことが出来なくなっていました。
夏休みの間、校長先生や担任の先生と相談を重ね、私たちはひとつの覚悟を決めました。

2学期から母親である私も、娘と一緒に同伴登校すること。

再び、体を動かすことのできない悲しみに暮れる娘が、少しでも安心できる方法はそれ以外には思い当たりませんでした。

* *

そこでひとつ問題がありました。
長女と3つ歳の離れた二女は幼稚園の満3歳児クラスに入園しましたが、年少クラスへの進級はさせませんでした。
二女もまた、幼い心に大きな不安を抱え、楽しいはずの幼稚園に行けなくなっていました。

まだ3歳になったばかりの頃、
「幼稚園に行かなきゃいけないって思うけど、行けない」
と泣いていた二女。

長女の卒園に合わせ幼稚園を退園し、二女は自宅で過ごしていたので、私が長女に付き添うためには二女がその間どこかで過ごす必要があったのです。

「お姉ちゃんにとっても、妹が一緒の方が安心かもしれないし、お姉ちゃんがまた1人で学校に行けるようになるまで、一緒に連れて来てはどうでしょう?」
校長先生からの願ってもない提案でした。

二学期からの登校のために、お姉ちゃんと同じような筆記用具を買ってもらった二女は、小さな小学生になった気分だったかもしれません。

二学期が始まると、給食のない二女にはなるべく、姉の給食と似たようなメニューを意識したお弁当を作り、毎朝3人で小学校へ行きました。

お友達のいる教室では長女は体を動かせないので、私は長女の隣に椅子を並べ、鉛筆を握らせ、その手を私が動かしてノートを取りました。
立ったり座ったりの移動は、手を引いたり体を動かしたりしました。
給食はカーテンをひいた保健室で食べさせてもらいました。

私が長女につきっきりの間、教室の後ろに作ってもらった席で、小さな小学生の二女は、静かに黒板の文字を真似てノートに書き写したり、お絵かきをしたりして過ごしました。

お姉ちゃんのためにがんばる妹に先生方や生徒たちはとても親切で、支援員の先生や保健室の先生が、時々二女のそばについて下さり、ノートの文字や絵に花マルをつけてくださいました。
休み時間になるとあちこちの教室から生徒たちがやってきて、娘たちを校庭に誘って一緒に遊んでくれました。

日に日に長女の動きは軽くなり、笑顔も出始め、教室で給食が食べられるようになり、休み時間には、娘から見える場所に私がいれば遊べるようになりました。

* * *

二女もお兄さんやお姉さんからたくさん可愛がってもらい、わたしたち親子にとり、学校へ行く朝が楽しみになってきた頃。
調子が良くなってくると必ず準備される次なるステップ。
私にとって大きな反省であり、後悔は、そのステップアップの提案に「待った」をかける勇気がなかったこと。
あの頃の私は、我が子のために労力や時間をかけてくれる周囲のサポートに対して申し訳なさを感じていました。
本当は現状維持は進歩ということを理解していただき、この時期をもっともっと大切に、ゆっくり、じっくり過ごさせたいのに…。

そして案の定、スモールステップを試した瞬間、娘の声と動きはまたフリーズしました。
しかも、様子を見ようとしばらく続けたのです。

私は長女の横ではなく、二女の隣の席で過ごしました。
長女は声を出すことなく泣いていました。
でも動けない娘はその涙を拭うこともできません。
小さな妹は、自分のバッグからティッシュを取り出すと、姉の席まで歩いていって涙を拭いてあげました。

家ではとても楽しくて頼もしいお姉ちゃんが、幼稚園や小学校では無表情で動けなくなることを、小さな妹は自然に受け入れていました。
お姉ちゃんが動けない時には、お姉ちゃんを支えるのは私だと、誰かに教わったわけでなく自然に受け止めてくれていました。

長女も、動けない特定の場面以外では、妹のことをとてもかわいがり、世話を焼いてくれる頼りになる姉でした。
二人の関係は、意識せずともとても自然に成り立っていました。

とは言え、姉の「学校復帰」のために費やす時間や精神的負担は当然大きく、いつも待ってくれていた二女が、こんな言葉を教えてくれたことがあります。

「おとなの一瞬と子どもの一瞬は、その時間がちがう」
そんな妹の日々を「ぎせい」と呼ぶことはできるかもしれません。

でも、ある人は言いました。
「この日々は、妹の大きな力になっている。そして、必ず二人は支え合う。」
その通りでした。

二人は成長し、それからも姉が支えられる時があり、また、妹が支えられる時があります。
苦しみを知った姉は、妹の苦しみがよく分かります。
乗り越えてきた苦しみの先に、夢見ることができる姿を妹は見ました。
それは希望であり勇気なのです。

* * * *

「きょうだい児」という表現があります。
ツイッターなどで、#きょうだい児 というハッシュタグには多くの思いが綴られています。
「きょうだい児」とは障害や病気を持つ方の兄弟姉妹のこと。

内閣府が発表している障害者の状況(平成30年版 障害者白書より)では、
○身体障害者数 436万人
○知的障害者数 108万2000人
○精神障害者数 392万4000人
とあります。
統計には反映されない、様々な生き辛さを抱える方を含めるとさらに数は大きくなります。

この方たちとともに生きるきょうだい児。
「共に生きる」
この言葉の響きが、あたたかい喜びに感じられるために、当事者だけでなく、その方を支える家族にも、深い理解とサポートが重要だと感じます。

参考

内閣府 平成30年版 障害者白書(全体版)
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h30hakusho/zenbun/index-w.html

ほひまろhohimaro
学校や園に行かず、家庭を主な学び、育ちの場として過ごす三人の娘の母です。
学校に「行けない」日々の末、「行かない」選択をした長女(13歳)、二女(10歳)。
そして、「園には行きたくない」としっかり主張した三女(5歳)。
そんな我が家の日常を、心を込めてお伝えしていきたいと思っています!
Instagramでも発信してます→@hohimaro

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