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2019.02.03.Sun

南アフリカ、ヨハネスブルグの街角から / vol.11 Lushの店員

街行く人11.Lushの店員
出会った場所:ヨハネスブルグ、Rosebank

インタビュー企画『南アフリカ・ヨハネスブルグの街角から』

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アパルトヘイト(1948年に法制化され、1994年まで続いた人種隔離政策)やネルソン・マンデラで知られる南アフリカ。多様な人種が住んでいることから、「レインボー国家」と言われています。

南アフリカの大都市、ヨハネスブルグで出会った人々に聞いてみました。

あなたは
南アフリカで
差別にあったことが
ありますか?

南アフリカ・ヨハネスブルグの街角から / vol.11 LUSHの店員一人目

アフリカーナー(※1)とイギリス系の人たちの間で、差別を経験したことがある。一部のアフリカーナーの人たちは、イギリス系の人に対して良い印象を持っていないことがあるの。

私はイギリス系なのだけど、そのことを理由に、ネガティブな対応をされたことがある。もちろん、今の職場ではそんなこと全くないし、個人個人の問題だから、アフリカーナーみんなが差別的だ、ということではないよ。

南アフリカ・ヨハネスブルグの街角から / vol.11 LUSHの店員2人目

私自身は、個人的にはないかなあ。どうだろう、難しい。
南アフリカには、インド系やアフリカ系など、本当にいろいろな人がいる。今でも、いわゆる「人種」ごとに、コミュニティが分かれていると思うな。
これだけ多様な社会だから、私にもアフリカ系の友達も、インド系の友達もいる。それでも、人の繋がりは同じ「人種」間の方が強いように感じる。

編集後記

天気の良い夏の日の午後。同僚同士だという2人に話を聞きました。

一人目の女性が話した、アフリカーナーとイギリス系の人の話。南アフリカと言えば、白人政権による、黒人やそのほか有色人種に対する人種差別的政策、アパルトヘイトが有名ですが、「白人」と呼ばれる人も、大きく分けると2つのグループがいます。初期の宗主国であるオランダ系(オランダ語と現地の言葉が混じって生まれたアフリカーンス語を話す。アフリカーナーと呼ばれる)と、オランダの後に入植したイギリス系の人々です。

南アフリカは、かつてはイギリスの植民地だったものの、1961年に独立を果たします。その独立を勝ち取った中心的な人々が、アフリカーナーです。
それまでも幾度となくイギリスとオランダ系移民は戦争を続けてきた歴史があります。
こうした背景から、アフリカーナーの一部の人は、イギリスに対して良い印象を持っておらず、英語を話すことを嫌がる人もいるといいます。

アパルトヘイト時代から、オランダ系もイギリス系も、共にヨーロッパ人・白人に分類されていたため、正確な数値はわかりませんが、アフリカーナーもイギリス系もほぼ同数暮らしているといわれています。

白人と黒人の分裂が注目されがちな南アフリカですが、白人と呼ばれるひとの中にも、対立があるようです。自分の属するグループと他者のグループにわけて対立するのは、悲しい人間の性なのでしょうか。

ライター:ばんゆかこ

編集:船川 諒

ライター:
ばんゆかこ
"多様性"や人々を分ける"境界"が関心事のキーワード。
学生時代、中東地域やインドを中心に旅をしていた。
旅人マインドをもって気ままに生きてる。