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2019.01.30.Wed

南アフリカ、ヨハネスブルグの街角から / vol.10 Hermanus

街行く人10.Hermanus
出会った場所:ケープタウン、Sea point

インタビュー企画『南アフリカ・ヨハネスブルグの街角から』

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アパルトヘイト(1948年に法制化され、1994年まで続いた人種隔離政策)やネルソン・マンデラで知られる南アフリカ。多様な人種が住んでいることから、「レインボー国家」と言われています。

南アフリカの大都市、ヨハネスブルグ(ときどきケープタウン)で出会った人々に聞いてみました。

今回は「ヨハネスブルグの街角から」番外編。ケープタウンの街角からお届けします。
ケープタウンは、南アフリカへの欧米人の入植が始まった場所。またアパルトヘイトが始まった場所でもあります。
南アフリカで最も有名な観光地で、世界自然遺産であるテーブルマウンテンやビーチ、世界的に有名なワイナリーが立ち並びます。日本からも新婚旅行などで訪れる人もいるほど、美しい場所です。
しかし、ヨハネスブルグよりも犯罪の発生率が高く、所得格差が大きい地域でもあるのです。

あなたは
南アフリカで
差別にあったことが
ありますか?

そうだね、個人的に差別にあったことは、ないかな。

敢えて言うと、アパルトヘイト時代に、学者として「アパルトヘイトの心理学」などの研究をしていたから、南アフリカ国内の大学への就職は簡単ではなかった。その代わり、国外からの評価は高かったけれどね。
アパルトヘイトが終わる前に、カナダの大学からとても良いオファーがあったから、国外に移住してしまって、その変革期の混乱は経験していないんだ。カナダへ行った理由は、断るのがもったいないほどの待遇の良いオファーだった、というのが一番だけど、自分の学説が国内で受け入れられにくかった、というのも理由の一つだよ。

アパルトヘイト時代は、あらゆる場面で自分の人種が何かを示す必要があった。国民IDにも人種が記載されてたし、書類にも人種を書く欄があった。それはおかしいと思って、人種の欄に「人間(Human)」と書いたことがある(笑)。

アパルトヘイトが終わって帰国して、もう人種を気にしなくていいんだ、と思ったけど、違うんだ。制度がなくなったとしても、人はまだ、人種を気にして生きているんだ。未だに人種が何か訪ねられることは少なくない。本当に残念なことだと思っているよ。

編集後記

元心理学者だというヘルマヌ。今は学者を引退し、ケープタウンでひっそりとAirbnbで旅人を迎え入れています。私もケープタウンを訪れている間は、彼の家にお世話になりました。

興味深いことに、彼の著書に「アパルトヘイトの心理学」というものがあるそうです。
彼の家には、世界各国から収集された民芸品や絵画が集められていました。多様な文化があること、文化的・社会的バックグラウンドについて、それぞれ人は異なることは当たり前であることに気がつくことができたら。そして、人はひとりひとり違うことを認めた上で、優劣をつけることなく、人間同士の付き合いができたら、人生がよりカラフルになるのかも知れません。

ライター:ばんゆかこ

編集:船川 諒

ライター:
ばんゆかこ
"多様性"や人々を分ける"境界"が関心事のキーワード。
学生時代、中東地域やインドを中心に旅をしていた。
旅人マインドをもって気ままに生きてる。

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