【タガヤセ大蔵訪問記】暮らし方を見つめ直すと、地域を思う心が生まれる。
食品廃棄や自閉症、人権、防災、動物愛護などの多岐にわたる9つのテーマでツアーが用意され、僕らチャリツモ・メンバーは「地域にある分断をつなぎ直す!コミュニティの再構築のヒント発見ツアー」に参加した。
世田谷区の奥地に“ムーミン谷”があった。
うすいグレーがかった曇り空の下、僕らが訪れたのは東京・世田谷の「大蔵」という地域だ。緑に囲まれ、きれいな小川が流れ、まるでムーミン谷のようなノスタルジックな景色が広がっていた。
今回の目的地「タガヤセ大蔵」は、駅から徒歩25分、築30年の2階建ての建物だ。
一階は地域の介護を担うデイサービスセンター、二階は創作アートを教えるアトリエと、アパートとして貸し出している部屋が並ぶ。
もともとは一棟まるごと“普通”のアパートだったというこの建物。さまざまな仕掛けを作り続けた結果、今では子供から高齢者まで地域の人々が集まる場に育った。空き家、耕作放棄地、高齢化、認知症、孤立など、地域が抱える数々の問題解決を助けるコミュニティとしても機能しているという。
今はどこの地域も同じような課題を抱えているものだが、どうして「タガヤセ大蔵」は今のようなコミュニティを築くことができたのだろう。今回のツアーでは「タガヤセ大蔵」の大家であり、仕掛け人でもある安藤勝信さんを案内役に迎え、実際に活動を拝見しつつその背後にあるマインドを探り、コミュニティを醸成するヒントに迫る。前置きが長くなったが、早速ツアー開始だ。
あと1万円下げれば借り手が見つかりますよ。
安藤さんは、この地で生まれ育った。前職は、百貨店のバイヤーだ。
誰よりも早く出社し、深夜まで働きづめの毎日。仕事で成果は出せても、やりがいを感じられない日々が続いたそうだ。
そんなある日、会社に一本の電話がかかってきた。銀行からだった。
「お金を借りているのは、本当ですか?」
祖父がオレオレ詐欺にひっかかりそうになったところを、銀行が確認してくれたのだ。
その日、安藤さんは仕事の都合で祖父のもとに駆けつけることができなかった。「僕の仕事は誰を幸せにできているんだろうか」と自分の働き方に疑問を抱いたそうだ。
その後、徐々にライフスタイルを変えていった安藤さん。まず会社を辞め、次に家族が持っていた現在のタガヤセ大蔵の建物を買い取り、アパート経営を始めた。
いざ始めてみると、不動産経営は想像以上に難しかった。「駅から25分・築30年」では、なかなか借り手が見つからない。賃貸を探す人は大半、「駅から◯分で築◯年以内」という条件で物件検索する。そのため“駅徒歩25分、築30年”の安藤さんのアパートは検索に引っかからないのだ。
そんな折、「家賃をあと1万円下げれば借り手が見つかりますよ」と不動産屋は助言した。このセリフに、安藤さんは強い危機感を覚えた。このまま家賃を下げ続けるしか道はないのか?そもそも家賃を下げたら本当に借り手が見つかるのか?と。
しかも世田谷区は東京23区で2番目に空き家が多い。同じような空き部屋が区内に数多ある中で、どうすれば生き残っていけるか。
スペック比較マインドからの脱却
「物件とは、時間が経つほど条件は悪くなる。立地は改善することはない。だから、そこで勝負していてはダメだ。」
それに気付いた安藤さんは、マインドセットの転換を迫られた。
「これからは、家賃の高低や駅からの距離、築年数などの“スペック”にこだわらない人を呼び込もう。」
そう決意した安藤さんは、まず入居の仕組みを変えた。部屋を作ってから借り手を探すという従来のやり方ではなく、先に借り手を見つけて、借り手と一緒に部屋を作るハーフビルドのアパートにしたのだ。
借り手は設計の段階から携わるので、壁紙やドアノブなどの部材にいたるまで、自分好みにカスタマイズできる。
自分で部屋づくりをした住人は、その部屋に愛着を持ってくれるようになり、その結果長く住む住人が増えた。収益も安定化し、一般的なアパートより割高な初期投資も順調に回収できるようになった。
今では「この土地ならではの生活を楽しむことができる」と、同じ価値観を持つ人たちの間で話題となっている。
安藤さんは自分の役割について、こう語る。
「大家とは、関係性をデザインし、見守って、育む仕事なんです」と。
高齢化率40%エリアに、オープンなデイサービスをつくる。
1階のデイサービスを迎え入れたのは、安藤さんの祖父の介護がきっかけだ。
それまで高齢者が施設に入ることに疑問を感じなかった安藤さんだが、祖父のケアマネージャーの「高齢になっても、自宅で自分らしく暮らすことこそ大切なんです」という言葉を耳にしたて、考えが変わった。
そして、この場所を使って“福祉”と“空き家”をかけ合わせた新しい試みが出来るのではないかと思った。
この構想を実現すべく、入居場所を探していたデイサービス事業者を見つけて、彼らとともに1階の3部屋すべてをぶち抜き、デイサービスの施設に作り変えた。明るくて温かみのある内装は、介護施設のイメージとはかけ離れた、まるでカフェのような雰囲気だ。
このデイサービスは、利用者だけのものでない。
タガヤセ大蔵の周りに高齢化率40%を超える限界集落のような団地が立ち並んでいて、この地域でまだ介護を必要としていない人たちが“ボランティア”としてタガヤセ大蔵を訪れて、介護の要・不要関係なく交流しているのだ。
ボランティアと言ってもさまざまで音楽を演奏しに来るひとがいれば、手工芸を教えに来るひともいる。園芸療法士が野菜づくりを教えたり、皿洗いの手伝いや高齢者の話し相手になったりと、互いが自分にできることで支え合うのが基本だ。
「近くのマックが潰れて100円でコーヒーを飲める所がなくなった。だからタガヤセ大蔵があって助かっている。他に出かけるところがないからね」。そう言って通う常連もいる。
福祉×リノベーション=?
安藤さんはこのデイサービスについてこう語る。
「タガヤセ大蔵は“介護✕リノベーション”ではなく、“福祉✕リノベーション”です。“福祉”という言葉を辞書で引くと、最初に出てくる定義は“しあわせ”です。ここでは介護を必要とする高齢者の周りに、今は介護を必要としていない人々が集まって互いに助け合っている。介護や子育てという個別のカテゴリーではなく、人の幸せや豊かさを総称して表す“福祉”という言葉がしっくりくるんです。」
人と人を耕し続けたら、生態系のような循環が生まれた
ハーフビルドのユニークな賃貸物件や、地域に開かれたデイサービス、みんなで耕す畑などの一風変わった仕掛けの数々で、地域の人を巻き込んでいる「タガヤセ大蔵」。最近はコミュニティ内のあちこちで、様々なイベントが自然発生的に生まれるようになった。ここに集まってきた人たちが、それぞれ自分のやりたいことを形にする活動を始めているのだ。
イベント例
・縁側を自分たちで作ろう!というDIYワークショップ
・大蔵で撮影された黒澤映画「七人の侍」のロケ地をめぐる地域ツーリズム
・認知症に悩む本人や家族が、気軽に悩みを相談し合える「認知症カフェ」
・父親の帰りが遅い家庭の母子が集まり、みんなで食卓を囲む「親子食堂」
・“ペイ・イット・フォーワード(恩送り)”形式の映画の上映会
「どうやって組織化したり、仕組み化したりしているのかと聞かれるんですが、タガヤセ大蔵は、そういうことこだわらないようにしています。大切なのは枠組みではなく、“誰とつながるか”です。楽しそうな人のまわりには、おもしろい人たちが集まると思うんです」。
安藤さんは、今のタガヤセ大蔵を「生態系のような循環が生まれている気がする」と表現する。人と人との有機的なつながりが、新たなつながりを生む。その好循環が生まれているのだ、と。
チャリツモメンバーの感想
このツアーには、「まちづくり」「コミュニティ」「介護」「空き家リノベーション」というキーワードに興味がある方だけでなく、“新たな人とのつながりを模索している方”や“今の生活にモヤモヤしている方”にもぜひ参加してほしい。このコミュニティに触れることで、キーワードについてのヒントだけでなく、もっと根底にある、“幸せ”とは、“自分らしい生き方”とはということについても考えるきっかけをくれる。
(チャリツモメンバー・ゆっこ)
私は普段から日本の「マイホーム至上主義」に疑問を持っていた。終身雇用も年功賃金も今は昔、不安定で不透明な経済状況が続く現代で、未だに35年のローンを組んで、新築の家を買うことが“あたりまえ”とされる持ち家志向に偏重し、逆に「賃貸=仮の家」という風潮に違和感を感じる。一方で賃貸契約はいつでも引っ越せる気楽さがあると思う反面、2年限定の使い捨てのコミュニティという感覚で住まうことに虚しさを感じてもいる。
タガヤセ大蔵に集まる住人たちは、そんな固定観念から脱却した新しいマインドの持ち主だ。賃貸であっても好みの部屋づくりをして、その地での暮らしに愛着を持っている。だからこそ自然とつながりあって地域が盛り上がる活動をしている。
高度経済成長の残り香に惑わされ、無理をしながら、わかりやすい“ゆたかさ”を追い求める時代から、ひとりひとりが本当に価値のあるくらしとは何なのかを考え、自由で柔軟性のある生き方を模索していく時代へと、社会がシフトしていく胎動を感じた。
(チャリツモメンバー・ふな)