1通目 ばんちゃん、お元気ですか。 えなはとっても元気です/イランからの便り
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。
ばん
彼女は東京の美大を卒業した。
油絵を専攻していたけれど、在学中は油絵をほとんど描かず、石占い、漫画、儀式、パフォーマンスなどをしていた。
卒業後も就職はせず、アルバイトをしながら、時に制作やパフォーマンスをしながら生きてきた。
私が、彼女に初めて会ったのは、3年ほど前になる。
インドの片田舎にある先住民族の村で開催されたアートフェスティバルで、ボランティアとして一緒に過ごしたのだ。
心の声に素直に生きる彼女の姿は、不思議なオーラに包まれていた。
インドから帰国した後も、個展やパフォーマンス会場で彼女の作品を見てきた。
制作したくないときは、制作しない。
作品を作れないときは、いくらもがいても、作れない。
自分の直感を大切にする彼女のことだから、「イランに留学に行く」と聞いても、とりわけ驚かなかった。
あまりにもあっさりと、イラン行きを決め、渡航前日にお酒を飲み交わした時も、これから半年にもわたり、異国に行くことを全く感じさせなかった。
気が付いたら、彼女が日本を去ってから、1か月経っていた。
「えなちゃんは、どうしているのだろう…」
ふと思った頃に、彼女から、長い手紙が届いたのだった。
ばんちゃん、お元気ですか。
えなはとっても元気です。
日本では毎日アルバイトの日々でしたが、イランでは働かずに、伸び伸びとペルシャ語の勉強ができて幸せです。この私が、勉強を楽しんでいるなんて、なんだか不思議です。
日々この国に来てよかったなと思いながら、少しでもその気持ちが伝わればと思い、手紙を書きました。
私は今、首都のテヘランから車で2時間ほどのQom(コム)という町にいます。
ここはイランの中でもイランではないと言われ、この国の人たちはみんな「とても退屈な街だよ。」と言います。
でも、私はこのコムという町が好きになりました。
どこを見ても砂っぽい。
どうやらこの街は、砂漠の中にあるみたいです。
女性はチャドルという黒い布を身にまとい、男性も白または黒のターバンのようなものを身につけて、土やレンガでできた街並みを颯爽と歩いています。
車文化みたいで交通量がすごいです。
なぜなのかわからないけれど、みんな白いpeugeot(プジョー)という車に乗っていて、どれが誰の車なのかさっぱりです。タクシーがちょっと黄色いくらいかな。あとは全部真っ白。
インフレの影響で大量に渡される紙幣は、青いペンで何かしらメモやら計算やらが書かれていたり、中には今にも千切れそうなほどボロボロなものもあります。
単位が大きすぎて、ゼロがいっぱいすぎて、安いのか高いのかさっぱりです。
ちなみに私の好きなタバコは、一箱70,000リアルで安いです。
日本と同じようにここには四季があって、今は春です。
イランの春はバラがとても有名らしく、今行っている学校には綺麗なお庭が何箇所かあります。
色とりどりのバラたちが私たちを歓迎しているようで、学校に行くたびに私を穏やかな気持ちにさせてくれます。
そして何よりも好きなのは、ある一定の時間になるとアザーンというお祈りの時間を、町全体に知らせてくれる放送が流れます。
私が中東にいること、イランにいることを一番実感させてくれる瞬間です。
学校のお昼休みが、なんと2時間半もあるのですが、学生たちはその間にお祈りをするみたいです。
私はイスラム教徒ではないので、お祈りはしませんが、彼女たちが向かうお祈りの部屋でぼうっとその姿を眺めたりします。
まだ理解することのできないペルシャ語での演説、「アッラー(※イスラム教の神様のこと)」という言葉を聞いた時にみんなで合唱するSalawatという合唱を聞いた瞬間、時々行くモスクや霊廟で神様に、そして死者に話しかける姿は、もうすでに目にしっかりと焼き付いてしまいます。
初めて会ったときに、ここの人は
「あなたはどこの出身なの?」
二言目には、
「あなたの宗教は一体何?」
と聞いてきます。
私は神様はいるような気もするけど、私の中に存在しているのかと言われればわからず、その二言目を答えるのがとても難しいです。
しかしここに来てからというもの、神様は一体どこにいるのか、そもそも神様とは何なのか…と、宗教や神様について、考えない日はありません。
それは、この国にいる彼ら彼女らが、当たり前のように神様の存在を肯定し、それと共に生活をしているのを見ているからなのか、日本にいるよりもなんだか神様との距離が近いなぁと思ってしまいます。
この国のことを全て把握するのはきっと難しいことだとは思いますが、のんびり過ごしながらペルシャ語を勉強しながら考えたり、覚えたてのペルシャ語で色々話してみたいなぁと思います。
今日はこのくらいでおしまいにします。
また書きますね。
どうか皆さん体に気をつけて。
ホダーフェス(※ペルシャ語で「さようなら」)。
ばん
イランはいったいどんなところなんだろう。
学生時代、アラブ諸国に何度か渡航したけれど、ペルシャ語圏であるイランは未知の世界である。
縁もゆかりもなかったイランという国と、えなちゃんを通して微かにつながったような気がした。
異国の地のかほりを含んだ手紙を閉じて、ベッドに入った。
行ったことはないけれど、イランの夢を見ているような気がした。
イランに想いを馳せる①
ハイパーインフレについて
トランプ大統領の経済制裁によって大打撃を受けるイラン経済。
イランでは「リアル」という通貨を使っているが、トランプ政権の経済政策の影響でリアルの価値は3分の1になってしまった。
物の価値は変わらないのに値段があがってしまう、つまりお金の価値が下がってしまっているのが今のイラン。
この現象をインフレと言いますが、インフレが過剰に進むと、これまで持っていた貨幣が紙屑になってしまうなんていうことも。
ところで文中に出てきた、たばこの7万リアル。安いといいますが、いったいいくらなんでしょう。
インターネットで調べると、180円くらい、と出てきます(2019年5月現在)。
しかし、実際はそんなに単純ではない様子。
インターネット上の為替レートは、5月時点で100ドル=421万リアルと表示されます。
ところが、4月にえなちゃんが両替した時は、イランの首都テヘランの空港で100ドル=1370万リアルだったそうです。なんと、桁が一つ違います。
イラン人の人たちは、1万リアルことを、1トマンと呼ぶそうです。リアルだと桁が大きすぎて、ほかの名前ができたそう。
なんだか驚きですね!
ちなみに当のたばこの値段ですが、100ドルが1440万リアルだとすると、7万リアルのたばこは0.49ドルくらい。日本円にすると、53円(2019年6月のレート)くらいでしょうか。うーん、たしかにすごく安い。