水ジャーナリストの橋本さんに、日本の「水道」についてお聞きしているインタビュー。
前編は水道法改正の背景にある日本の水道事業が抱える3つの問題をお聞きしました。
後編となる今回は、2018年12月に成立・19年10月から施行された「改正水道法」について、いったいどこが変わったのかをお聞きします。
1967年、群馬県生まれ。水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表。
学習院大学卒業後、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。国内外の水問題を調査・取材し、メディアや書籍、講演会など通して発信、政策提言などを行っている。
2019年のYahoo!ニュースのオーサーアワードを受賞。Yahoo!ニュース個人はこちら
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インタビュー!
ここからは、2018年に改正された「水道法」についてお聞かせください。
厚労省は今回の法改正の目的について「水道の基盤強化を図り、将来にわたって安全な水を安定的に供給
するために制度改正した」と説明しています。
この改正で、具体的にどのような点が変わったのでしょうか?
この法改正を見ると、今の水道の現状が見えてきますよ。ポイントは5つあります。
(1)関係者の責務の明確化
(2)広域連携の推進
(3)適切な資産管理の推進
(4)官民連携の推進(コンセッション)
(5)指定給水装置工事事業者制度の改善
この(4)コンセッションというのがしきりに話題になっていたように感じます。
そうですね。ただ、これだけ聞いてもわからないと思うので、それぞれ見てみましょう。
まず(1)関係者の責務の明確化というのが一番わかりやすいと思います。
要するに徐々に無責任になってしまった責任範囲を明確化するというものです。
コンセッションが話題になっていますが、以前から水道事業の多くは「業務委託」という形で民間委託していました。しかし、震災などのときの責任範囲が明確ではなかったので、明確にしましょう、というものです。
ここで(4)コンセッションの話になります。
今回ここが注目されているのは、法律に「コンセッション」という特定の方式が明記されたからです。
今までも業務委託という形で官民連携はしていましたが、法律に方式まで明記されることは稀です。
(2)と(3)はあまり注目されていませんが、水道事業の現状が浮き彫りになっています。
(2)広域連携は「ワンオペでやっているA市だけでは水道事業の継続は困難なので、B市やC市と連携して行きましょう」というもの。
(3)適切な資産管理については、驚くかもしれませんが、資産管理といっても、今の水道事業の課題はどこにどの施設があるのか自治体が把握していないケースが多いという点なんです。
え?自治体が所有する施設を把握していないんですか?
例えば水道管を交換するといっても、いっぺんに全てを交換することは難しいですよね。なので優先順位を着けてやっていくのが自然な流れですよね。
どうやって優先順位を付けるのかというと、
「人が多いところから交換しよう」
「○○式の水道管から」
「敷設から30年の水道管より50年経っているところから着手しよう」
…となるのですが、このデータがないんです。
台帳とかないんですか?
それが、台帳は捨てられているんです。
公文書でも、何年か経ったら捨てていいって聞いたことがありますが、そういう基本的な資産管理もされていなかったんですか?
そうなんです。「資産管理」というとなんだか聞こえは立派ですが、そもそもどこに水道管があるかとか、そういうレベルの話なんです。
すごいなあ。でもそれじゃあ、この「資産」ってどうやって確認するんですか?
それがですね…「ベテランの脳裏に入っている」そうです。
それは…「わからない」ってことですね。
そうです。そのワンオペをしている職員なりの、アタマに入っている。つまり、その人に聞かない限りわからないんです。
だから、(3)で言う資産管理というのはまず台帳を作るところからの話です。台帳がない自治体は、全体の4~5割だと言われています。つまり、水道管が敷設されている場所の情報や設計書を共有できている自治体は半分くらいしかないんです。
驚きですね。やはり大都市圏では台帳はあるんですか?
大都市圏では台帳もあるし、人もいます。小規模になるほど厳しい状況にあります。
東日本大震災の時も、「水道管が壊れたけど、どこに何があるかわからなくて、定年退職したベテランの人を呼んできて水道管を直した」という話はたくさんあるんですよ。
地方だと、人員削減の影響がエグいですね。
(5)は指定公共事業者の話です。例えば町の水道屋さんのような、水道が壊れたときに直してくれる、自治体から指定された業者のことです。
これも、現在登録されている人が、今も現役で働いているのか、存命しているのかが分からなくなっていて、100人事業者登録していたけれど、実際に現役で対応できるのが2人だった、なんてこともありました。
ですから名簿と現実の不一致を改善しよう、ということです。
コンセッションと並列されているけれど、特に(3)と(5)は、悲しいレベルの話なんです。
信じがたい話ばかりですね。
こういうところがAKB(あきらめる・考えない・場当たり的)なんです(笑)
(4)のコンセッション方式について、もう少しご説明いただいてもよいですか?
まずコンセッションは、水道だけに限らず多くの公共事業で取り入れられ始めています。例えば空港や美術館なんかにも、民間が入ってきていますよね。
コンセッションの目的の一つは、公共の仕事を民間に移し、民間の仕事を増やすこと。また民間のノウハウを公共事業に取り入れることで、インフラ提供が安定し、サービスの質が向上、そして経営が安定する、ということが強調して述べられています。
たしかに、コンセッションが上手くいけばこうしたことが実現されるかもしれません。
でも、水道事業の場合ここで問題となるのは、自治体に責任が残ることです。
これだけだとわかりにくいと思うので、まず民間委託の2つの方法、業務委託とコンセッションの違いを説明しましょう。
業務委託では、責任は水道事業者である自治体にあります。
自治体は委託料を払って運営を民間に委託しますが、責任も収入も自治体に入ります。
契約は短期間であることが多いです。
コンセッションは、「運営権」を民間に売却します。そのため、事実上の責任は民間に移ります。しかし、水道法では最終的な責任は自治体にあるままです。より確実で安定的な給水を実現するための、自治体の関与を強めることを目的に、自治体に給水責任を残したのです。
こうした運営と責任を分ける形のコンセッションでは管理監督責任が不明確になると言われています。
また、契約期間は20年以上の長期が基本であるということも大きな特徴です。
運営権が民間に移っても責任は自治体のままということは、自治体は運営権を売り渡して全部丸投げできるというわけではなく、民間事業者をきちんと管理・監督しなければならないんですね。
そこで出てくる大きな問題は、「自治体からノウハウが消えてしまうこと」です。
運営権を売り渡して、実質的な運営から離れた自治体は、現場を知っている人がどんどんいなくなるわけで、そうなると適切に民間を管理することができなくなります。
例えば民間事業者が「水道管の構造を変えないと水質が悪くなってしまいます」「最新の施設に立て替えないと顧客満足度が下がってしまいます」と提案したとします。
そうした時に「もっと安く実現することができる」「確かに最新ですごい施設だが、料金収入との兼ね合いで難しい。代替案Bはどうか」というような適切なアドバイスができなくなってしまいます。
つまり、自治体が民間の言いなりになって、その結果、水道料金の値上げにつながる可能性があるということです。
携帯電話の加入の際に、店員にすすめられるがままにオプションてんこ盛りの契約をしちゃうお年寄りみたいですね。
メディアではよく「コンセッションにすると水道料金が上がる」と言いますが、これでは説明がひとつ抜けているんです。
水道料金自体は、コンセッションにしたとしても、議会の議決によって決められます。
一番問題なのは、自治体が適切な管理監督責任を果たせなくなることです。
たしかに、「民間参入すると水道料金が高くなる」って言われても、因果関係が分かりづらかったのですが、こうして聞くと理屈が通りますね。
民間参入によって、水道の知識を失った自治体が、民間事業者の言うがまま不要な投資を承諾したりして、結果料金を値上げせざるを得ない…と。
そもそも、コンセッションの契約は20~30年という長期にわたるものです。
果たして各自治体は、30年後を見据えて適切な契約を結ぶことができるのでしょうか?
契約が履行されているか管理監督できるのでしょうか。
契約外の事象が起こった時に適切に対応できるのでしょうか。
…ということが今、問われているんですが、これまでの水道事業のやり方を見ていると、なかなか難しいように思います。
そもそも将来の見通しを誤った過去があるから、現在、水道事業が逼迫(ひっぱく)しているわけですもんね。
50年前には多くの市町村で「将来、人口が2倍になる」という予測をしていましたが、実際は減少しています。 長期の契約を結ぶのであれば、町の将来を本気で考えなければいけません。
「コンセッション契約をしたら、すぐ水道料金が上がる!サービスの質が下がる!」というほど単純な問題ではなく、「将来を見据え、適切な契約を結ぶことができるのか」という大きな問題なんです。
コンセッション方式に問題があることはわかりました。
それでも、この方式で民営化をしなければ水道を維持できないのでしょうか?
実は、コンセッションの対象は、人口20万人以上の自治体なんですよ。
それでは先程から例に出ているワンオペ水道局や台帳すらないような水道局のように小規模な自治体はコンセッションによる民営化はされないんですか。
おそらく対象外となるでしょう。
実際に、そういった自治体は、まず広域連携や資産管理をまず始める必要がありますよね。
今既に運営が上手くいっていて、市場としてうまみがあるところだけをコンセッションで受け渡し、そもそも危機的な状況にある自治体は変わらず自分たちで頑張れと。
そういえますね。民間企業もボランティアではできません。
今回コンセッションばかりが取りざたされていますが、本当に考えないといけないのコンセッションの対象にならないような小規模な自治体は、どうやって水道インフラを持続していくかということです。
東京や横浜といった大都市は、職員も潤沢で技術もある。住人も減っていません。
それに対して、水道需要が小さく運用コストが高い地方の自治体は、水道料金を上げざるを得ません。
今現在でも、水道料金は最大で10倍のばらつきがあるんです。
北海道の羅臼町なんかは最も水道料金が高い自治体の一つですが、人口減少に加え、土地が広いので水道管も長い。地形も山あり谷ありで、現在のポンプに圧力をかけて水を運ぶ方法では、電気代もかかるんです。
船川さん、水道管の有収率(ゆうしゅうりつ)というのを聞いたことがありますか?
有収率…なんでしょう?
水道管は、長く使っていると穴が開くことがあります。穴があると漏水になってしまうのですが、漏水せずに届けられる水の比率のことを「有収率」といいます。つまり、漏水が多いと、有収率は下がるんですね。
この有収率ですが、東京都では97%あるのに対して、地方自治体の中には50%のところもあるんです。
50%って…水道管を流れる水の半分が漏水しちゃってるんですか!
そうなんです。こうした状況だとまず穴をふさぐ必要がありますが、そのノウハウがない自治体もあるのです。
このような状況では、水道事業を合理化することはとても困難です。
これからの時代、水道インフラの維持管理は非常に重大な問題ですね。
そうですね。ただ実は、水道だけでなく、下水はもっと大変なんですよ。
下水道はおそらくこのまま放置したら、自治体のお金が吹っ飛びます。
水道事業が更新するのには1kmあたり1億円かかると言いましたが、下水はこの4倍かかると言われています。
なぜ下水のほうがお金がかかるのでしょうか?
まず、パイプの口径が違います。水道管は一番大きいものでも直径1メートル弱くらいです。一方、下水道の場合は、おそらくこのチャリツモの3階建てのオフィスまるごと入るくらいの口径があります。
そんなに大きいんですか!上水道のように圧力で押し出していないから?
そうですね。あと、下水道は大雨にも備えているので、常にいっぱいになっているわけではありません。下水道を歩いてみると、普段は小川くらいのせせらぎくらいの水量です。
それが大雨の時にはいっぱいになります。
もうひとつは、水道管には汚れた水が流れることは無いので管の負担は少ないけれど、下水道の場合は、汚れた水が流れてきます。
例えばとんこつラーメン屋がスープを大量に流すと、油が詰まって壊れやすくなりますよね。そのため水道管よりも老朽化しやすいし、施設の規模も大きくなります。
汚れた水をきれいにしてから河川に流さなければいけないので、様々な技術が使われているんです。
極めつけの事実は、下水道に関しては、ほとんどの自治体が今既に赤字ということです。
下水道の料金は水道の料金と一緒に支払っていますが、下水道に関してはそれだけで賄えず、既に自治体の財源で補填されています。だいたい使用料と同じくらいの額を補填しているといわれており、収益率は50%ほどですね。
そういう状況で更新の時期を迎えているんです。
施設更新に1kmあたり4億円ほどかかるとすると、下水道更新のタイミングで自治体が破綻する可能性が高いのです。
恐ろしいですね。
その時にどういう未来が待っているのでしょう。
我々が払っている税金は、インフラを維持するためのだけ使われ、教育とか福祉は削られる時代が来るかもしれないということですね。
インフラストラクチャーというのは、「下支えするもの」という意味があります。町を下支えするものであって、私たちがインフラの奴隷になってはいけないと思うんです。
確かに、本末転倒ですね。
それにしても下水道の話は初めて聞きました。あまり議論されていないのはなぜなのでしょうか?
それはですね、まだ更新までに10年くらいの余裕があるからです。
下水道の敷設は、水道の敷設より10年遅れて始まっています。水道の敷設のピークが60~70年代だとしたら、下水道は70~80年代がピークです。
なので、このあと10年後くらいに下水道の問題が表に出てくるかもしれません…が、「水道も10年前から対策しておけば良かったよね」って今さら言っているじゃないですか。
本当は、下水道の議論も今やるべきなんです。
基礎的なインフラって、長いスパンでメンテナンスまで考えて作らなければならないんですね。
それとともに、時代の変化をきちんと捉えて、計画の“修正”をしていかなければならないと思います。長崎県の石木ダムの記事を書いたときも思いましたけど、何十年も前にたてられた計画が、実際はその当時の予測と全く違う未来をすでに迎えたにも関わらずゾンビのように生きながらえることがあります。
下水道もそうです。こんな状況でも、遠い昔の下水道敷設計画にこれから着手しようという自治体もあるんですよ。
「公共事業と小便は、始まったら止まらない」という(僕が作った)ことわざがあるんですけど、止めるものは止めないといけません。
後から「ダウンサイジング※がいい」って言っても遅いんですから。今から50年後を見据えた計画が必要です。
考えてみてください。今インフラは余っているんです。
1万人の人口があった時に、将来2万人になることを想定して作ったインフラがあります。なのに現在の人口が9000人しかいないとします。1万1千人分の余剰なインフラがあるんですよ。
令和のインフラは「適切な資産管理をして、適切なダウンサイジングをすること」が求められています。
これまでにダウンサイジングに成功した例はあるんですか?
そうですね、広域連携をしてダウンサイジングをした例として、岩手県で3自治体(北上市、花巻市、紫波町)が統合して、資産の適正規模化を実現したケースがあります。
統合後の4年間で、34あった浄水施設を21にすることができました。
そんなに縮小したんですか。やろうと思えばできるんですね!
存亡の危機に陥っている水道や下水道の現状を乗り越え、そうしたダウンサイジングをはじめとした思い切った改革が必要ですよね。
最後にお聞きしたいんですが、そういった改革を成功に導くための秘訣はなんだと思いますか?
住民参加型の前向きな議論をすることだと思います。
そこには、意思決定に未来の人も巻き込む必要もあります。
やっぱり現代世代の損得だけで意思決定すると、将来に大きなツケを残すことになりますから。
住民合意のうえ水道料金の値上げに成功した岩手県の矢巾町(やはばちょう)がいい例です。
この町では役所から市民に2050年を見据えたビジョンを共有していて、ワークショップをしたり、浄水施設の見学を開催したり、水道に関するデータを開示したりと、住民参加を大切にしています。
施設見学に参加した住民は、こんな感想を述べていました。
「当たり前だとおもっていた水道の、料金計算の根拠を知ることができた」
「水道事業持続のためには、投資が必要だと思った」
「冷蔵庫の貯金に似ていると思った。ある日突然壊れていきなり高額の出費になると困るから、日ごろから少しずつ貯金をしているのですが、水道事業も同じ。娘の世代のために少しずつ値上げするのは必要なのかもしれない」
普通、市民が水道に求めるものは「おいしさ」と「安さ」です。これは消費者的な考え方です。
でも、公共インフラは、市民の持ち物でもあります。自分の持ち物に「おいしさ」と「安さ」だけを求めるのではなく、どうすれば持続可能になるか、一緒に考えていく姿勢も必要だと思うのです。
インフラ事業は、まちづくりの一部です。行政にお任せ!ではなく、市民も関わっていく必要があります。
水をきっかけに自分が住む町の将来のことを考えてくれたら嬉しいです。
私たちは、水なしでは生きられません。
人間は水なしでは4-5日ほどしか生きることができないといいますが、水があれば絶食しても3週間ほど生き延びることができるといいます。
近年震災の被害により、断水を経験した方も多いかと思います。
蛇口をひねれば、安全な水がでてくるということ。
当たり前のようなことが、当たり前でない地域があります。
しかし、日本でも、当たり前だった水道のサービスが、当たり前じゃなくなる日が来るかもしれません。
「当たり前」ほど、はかなく脆いものは無いかもしれません。
私たちの当たり前は、地域や国、時代が少し変わると簡単に崩れてしまうものなのかもしれません。
水道事業に関わらず「当たり前」の裏にある仕組みや歴史に、目を向けてみること。
時代によって変わりゆく「当たり前」。
その都度考えることももちろん大切ですが、長いスパンでどんな社会を作っていきたいか、考えてみる必要がありそうです。
50年前の失敗を繰り返さない社会でありたいと感じました。
水ジャーナリストの橋本さんに、日本の「水道」についてお聞きしているインタビュー。 前編は水道法改正の背景にある日本の水道事業が抱える3つの問題をお聞きしました。 後編となる今回は、2018年12月に成立・19年10月から…
みなさんは2018年12月に「水道基本法」が改正され、昨年10月に施行されたことを覚えていますか?
「法改正によって水道が民営化され、“水メジャー”と言われる海外の巨大企業が参入。水道料金は爆上がりして貧乏人は水が飲めなくなるぞ!」なんていう噂とともに、話題になりました。
人類が生きていくために必要不可欠な「水」ですが、98%という水道普及率を誇り、蛇口をひねればきれいな水に簡単にアクセスできる日本では、その有り難みを意識したことがある人はどれくらいいるでしょうか。
しかし、安全で美味しい水が安く手に入るという状況は、もう過去のことになるかもしれません。日本の水道インフラは今、たくさんの問題を抱えていて、これまでのような形での維持・継続が難しくなっているのです。
代表的な問題が「老朽化」。
日本全国に敷設される水道管のうち、法定耐用年数を超え“老朽化”した管の割合は13.8%。老朽化した管の総延長はじつに8万2,000キロ、地球約2周分もあります。
他にも様々な課題を背景に行われたのが「水道基本法」の改正でした。
法改正には賛否両論があるようですが、今回のチャリツモでは「水道法」改正の背景にあるさまざまな課題とその解決の糸口を探ります。
教えてくれるのは、巷で「水ハカセ」と呼ばれる水ジャーナリストの橋本淳司さんです。
1967年、群馬県生まれ。水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表。
学習院大学卒業後、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。国内外の水問題を調査・取材し、メディアや書籍、講演会など通して発信、政策提言などを行っている。
2019年のYahoo!ニュースのオーサーアワードを受賞。Yahoo!ニュース個人はこちら
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インタビュー!
今日はよろしくお願いします。
今回は私たちの生活になくてはならない「水道」をテーマにお話を伺いたいと思います。
しかし、電気やガス、通信などのインフラと比べて、水道はあまりにも当たり前過ぎて日常生活の中で深く考えたことがない人がほとんどでは無いかと思います。
私自身2018年の水道法改正の議論の際に、初めて日本の水道事業が危機に瀕していることを知りました。
水道法改正の内容、特に「民営化」については激しい批判の声も聞こえていたかと思いますが、そもそも私を含め一般の人々は法改正の背景にある水道の現状について多くを知りませんから、評価のしようがありません。
そこで今回は、現在日本の水道の現状や抱える課題をまとめて学びたいと思い、水問題をわかりやすく伝え続けている橋本先生をお招きいたしました。
複雑な問題が山積している分野かと思いますが、あまり知識のない僕でもわかるようにお教えいただけますでしょうか?
わかりました。
それではさっそくですが、現在日本の水道が抱えている問題は、大きく3つあります。
(1)水道の料金収入が大幅に減少したこと
(2)水道管が老朽化していること
(3)水道の未来を考える人が不足していること
まずは、この3つの問題をひとつひとつ見ていきましょう。
日本で水道事業者というと、ほとんどが地方自治体(各市町村)です。一部に複数の自治体が合わさって企業団として行っているところもありますが、どちらも十分な料金収入が入ってこないことが大きな問題のひとつです。
どうして料金収入が足りないのでしょう?
もともと水道料金は、50年前に計算された需要予測を元に決定されています。半世紀前に「このくらい水が使われるだろう」と見積もった水道需要と現実に大きな差があるのです。
そして、水道需要の予測と現実にギャップが生まれた大きな要因は3つあります。
1つ目は人口推計。50年前当初の想定よりも人口は増加していません。
2つ目は、一人当たりの水使用量が大幅に減っていること。50年前に比べ節水が進んでいて、最新型のトイレは50年前のものに比べ5分の1の水量で使用できます。昔の計算の中でトイレの割合は大きなものでしたが、今では特に節水を意識しなくても大幅に使用量を削減できるようになりました。
気づかないうちに、こんなに節水が進んでいたんですね。水を無駄使いしないことは、環境面から見たらとても素晴らしいことですよね。ただ、その分水道局の収入は減りますよね。
予測と現実のギャップの3つ目の要因が、ホテルや工場など商業施設で節水が進んだことです。
病院にいたっては東日本大震災以降、水道に頼らずに自家製の井戸を持つところが増えています。震災時の断水による業務への支障を予め回避するために、水道に頼らない体制に移行してきたんです。
こうして大口の使用者が抜けて、水道需要が大幅に減少したことで料金収入も大きく減ってしまったのです。
なるほど。企業もさまざまな努力をしているんですね。
節水技術の進化・普及と人口減少社会の到来で水の需要が減って、水道事業が減収するのは必然の現在の社会状況から考えると必然のことだと思われますけど、現在の水道計画のもとが作られた半世紀前には、こんな時代が来ることが予想できなかったんですね。
そうですね。人口減少や節水技術の飛躍的な向上は盛り込まれていない計画をもとに、日本は高度経済成長期に急速かつ大規模に水道インフラを整備しました。
その結果、98%という驚異的な普及率をほこるものの、現在の稼働率は6割と言われています。4割の施設が使われていないんです。
さらにこの先水需要は減り続け、2065年にはピークだった2000年と比較しておよそ4割も減るという予測もあるんです。
料金収入の減少が影響してくるのが、次にお話する「水道管の老朽化」問題です。
これは以前チャリツモでも取り上げました。地球2周分の長さの水道管が老朽化しているんですよね。
そうなんです。人間の血管も長く使っているとコレステロールがたまって不健康になっていきますが、水道管も同じです。
古くなった水道管は交換しないといけません。そのままにしておくと、水に鉄分が混じったりしてしまいます。
しばらく使われていなかった水道の蛇口をひねると、赤茶色いサビの混じった水が出てきたりしますね。
水質に問題が出るだけではありません。
他にも古くなった水道管が破断して道が陥没する事故なんかも起きています。
老朽化した水道管の破裂事故は、毎年1000件以上もあるんですよ。
全国の水道管が、ちょうど敷設から50年ほど経っていて、交換の時期を迎えています。
一方で水道需要の減少で料金収入が減っています。施設更新にはお金がかかるので、すべてを交換するのはなかなか難しいのが状況です。
まるで時限爆弾のようですね。水道って、地面の中に埋まっていて普段は目につかないからわかりにくいけれど、相当ガタがきてるんですね。
水道管を交換するには道路の交通を止めて、地面を掘って交換しなければなりませんよね。どのくらいのお金がかかるんでしょう。
1kmの水道管を更新するのに1億円かかると言われています。
1kmで1億円ですか!地球2周分(8.2万km)だと、8兆円以上ですか。とんでもない金額ですね。
こんな状況なのは日本だけなのでしょうか?
日本に限らず他の先進国も直面している問題だということは事実ですが、日本は特に人口減少が激しいということが、更新の困難さと大きく関係しています。他の先進国では料金収入を下支えする人口が日本ほど急速に減少していません。
先ほどお話しした通り、日本では人口減少・節水・大口顧客の水道離れで料金収入が減っています。メンテナンスにかけられるお金も減っていて、事実として管路の更新率(管路総延長のうち、更新された管路延長の割合)は年々下がって、近年は横ばい状態。今のままのペースでは、全ての管を更新するのに130年かかる計算です。
なるほど。メンテナンスコストをかけて老朽化問題を解決しなければいけないのにもかかわらず、減収問題が足を引っ張っている状況なんですね。
最後の問題は、事業を支える人が減っているということ。自治体によっては水道事業担当が1人しかいないワンオペ水道局もあるんです。
北海道の羅臼町なんかは、もう8年間ワンオペです。自分のプライベートな旅行なども我慢して、ひたすら地域の水道を一人で支えているんだそうです。
そんな状況では、通常の水道事業を継続するので精一杯。なにか不足の事態が起こっても、十分な対策をとれません。もちろん、技術継承などもできませんから、町唯一の水道局員の身になにかあったら、水道事業が提供できなくなる可能性もあるんです。
ワンオペで町を支えてるって、恐ろしいですね。
しかも水道事業は公務員が担当することが多いので、「昨日まで市民課だった」なんて人が「今日から水道事業を回さないといけない」なんてこともあるんです。
昨今のコスト削減を目的とした公務員削減の流れもあり、水道事業にたずさわる人もだいぶ減らされました。40年前と比較するとおよそ4割も人員削減されています。
やらなきゃいけないメンテナンスは増えているのに、カネもヒトもないって…詰んでますね。
だから僕は日本の水道事業のことを「AKB」っていってます。
A(あきらめる)、K(考えない)、B(場当たり的)。
こういうこというと、怒られるんですけど(笑)。
でも、これだけ人員削減された状態だと、AKBにならざるを得ない部分もありますよね。
というわけで、
(1)需要減と料金収入減
(2)施設の老朽化
(3)人材不足
これが水道事業の三重苦です。
今の水道事業が厳しい状況にあることはわかりました。
でもそもそも、日本の水道っていつどのように普及したんでしょうか?今のような鉄パイプが張り巡らされる前は、どうなっていたのでしょう?
水道管が普及する前は井戸が多かったんです。
江戸時代ごろには神田浄水とか多摩川浄水が作られて、水インフラが支えられていました。
近代水道以前は、木皮といって、U字溝の木製版のようなところを水が流れていました。でもそれだと、上が開いているのでゴミが入りやすい。そのため、鉄管にしましょうという流れがあり、明治時代ごろに近代水道が普及し始めました。
圧力ポンプで水を送り出すことで、24時間いつでも水にアクセスできるようにしたんです。
なるほど、明治時代に近代水道がでてきて、全国に広がったのは戦後ですか?
そうです。実は、これってすごく良い質問なんですよ。
水道管というのは、もともと都市型のソリューションで、人口が密集している地域には有効です。
でもそれが全国となると…人口が密集していないところにも敷設されていきます。
今から50年前のことをとやかく言うつもりはありませんが、もし「水道管普及ではなく、地下水利用でも良いんじゃない?」という考えがあったら…今ほど水上事業の持続性について悩んでいなかったかもしれません。
なるほど。人工密集地以外では、地下水利用の選択肢もあったのではないかと。
なぜ都市だけにとどまらず、全国に水道管を敷設する、という思想になったのでしょうか?
やはりその時は、厚生労働省を含め、「それしかない」と考えていたと思います。
うがった見方をすれば、工事によって儲かる人もいました。どんどん公共投資をすることがプラスだと考えられていたんです。
今でこそダウンサイジングといわれますが、当時は「それだと経済的に良くない」と考える人がいたのでしょう。敷設が急ピッチに進められたのは1960年代の高度経済成長期です。
「所得倍増計画」とか、その頃ですね。
東京流が良い解決策だとして、全国に持ち込まれました。
東京と地方では、ぜんぜん状況が違うのに…
全国どこに行っても水道がある、ということ自体は悪いことではないですよね。少なくともその頃は生活が改善された一面はありました。
でも今考えると、持続性に乏しいことをしていましたよね。
水道の問題は、地域の大問題だと思うんですが、「水道事業をどうするのか」というのは地方選挙などで話題になってきたのでしょうか?
全くありません。
え、こんなに切迫しているのに?
まだまだこの話題は一部の限られた人の間でしか話されていません。
選挙で話題にされたとしても危機感は薄いです。地方の区議長選や地方選挙では、いまだに「安くておいしい水」「水道料金下げます」っていう人もいます。「うそだろ~」って思っちゃうんですが。
自治体の中に知恵や技術を持っている人がいなくなっているのと、議員や区議長の認識不足も対策が進まない一因になっていると思います。
みなさん町の将来像についてあまりにも楽観的ですよね。人口減少社会に対しては、もっときちんと向き合う必要があります。
僕たちは、蛇口をひねれば水道が出てくることが当たり前だと思っているけれど、それが危機に瀕している。地下に埋まっている水道管を目にする機会はほとんど無いし、水道局員が置かれている現状も目に見えない。だから、当事者意識を持ちづらいのでしょうね。
でも、そもそも僕たち人間の体は70%が水でできている。自分たちの体や生活を根本的に支えてくれている水道というインフラについては、もう少し想像力を持って真面目に考えなければならないようですね。
橋本淳司さんへのインタビュー前編は、現在の日本の水道事業が置かれている状況について詳しく教えてもらいました。
(1)減収、(2)老朽化、(3)人材不足で存続が危ぶまれている日本の水道。
そんな水道を、将来にわたってキチンと持続させるために改正された「水道法」。次回はこの水道法改正で何が変わったのかをお聞きします。
みなさんは2018年12月に「水道基本法」が改正され、昨年10月に施行されたことを覚えていますか? 「法改正によって水道が民営化され、“水メジャー”と言われる海外の巨大企業が参入。水道料金は爆上がりして貧乏人は水が飲めな…