今やメディア業界では知らない人はいない有名人。そして最近では、テレビやラジオへの出演、Twitterでの情報発信など、お茶の間にもその存在が周知されつつある古田大輔さん。
元朝日新聞記者、元BuzzFeed Japan創刊編集長という輝かしい経歴や、テレビでの物腰の柔らかくとても分かりやすい解説に、多くの人は「頭が良い」や「優しい人」といった感想を抱いていると思います。
私も数回お会いしたことがありますが、とても紳士的な人だという印象を抱くと同時に、『ジャーナリズム』についての膨大な知識と熱量に圧倒されました。古田さんが口を開けば、二言目には必ずと言っていいほど『ジャーナリズム』という単語が出てくるほどです。
その一方で、「ジャーナリストになったきっかけ」や、「ジャーナリズムへの熱い思いは一体どこから湧き出ているか?」などは、一切謎に包まれています。ほぼ毎日、何かしらの媒体で古田さんを目にするにも関わらず、全く人間性の部分が不明なため、最近ではジャーナリズム星からきた宇宙人なのではないかと疑っています。
そのため前編では、今まで語られてこなかった謎のベールに包まれている古田大輔さんの実像に迫っていきます。
1977年福岡生まれ。早稲田大政治経済学部卒。2002年朝日新聞入社。社会部で事件や災害、外国人労働者などを取材した後、アジア総局員(バンコク)、シンガポール支局長を歴任。東京に戻ってデジタル版編集に携わり、2015年退社。BuzzFeed Japanの創刊編集長に就任。2019年6月、退社と同時にBuzzFeed Japanシニアフェローに就任。2019年7月、株式会社メディアコラボ創立。代表取締役に就任。
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前編では、謎のベールに包まれている『ジャーナリスト古田大輔』の実像に迫らせていただきます。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いきなりですが、古田さんは、僕と同じ福岡県出身ですよね。高校はあの御三家の一つ、福岡高校ですよね?
(福岡県では、公立進学校である修猷館高校・福岡高校・筑紫丘高校のことを御三家と呼ぶ)
いきなり福岡県人トークになってるけど大丈夫ですか?(笑)
他県の方には少し我慢していただきます。
福岡高校出身で、大学は早稲田大学。この経歴で、個人的に疑問に思ったことがあって、福岡の進学校の学生は、基本的に九州大学に行きます。九州大学が無理なら県内の私立大学。福岡県人は福岡愛が強いのであまり県外に出ないイメージなのですが、なぜ早稲田大学に?なぜ県外だったのですか?
理由は単純明快です。
僕は箱崎(博多の近くで、神社や史跡が多く残るエリア。東京で言うと、谷中?根津?)出身で、小学校と中学校は歩いて。高校はチャリで行っていました。もし九大に進学したら、大学までチャリになってしまう。それは、ないなと思いました。
そんな理由だったんですね。
あと、すごく鮮明に覚えているのが、高校に入学して2日目くらいにあった進路指導。そこで配られた資料に、学年何番以内だったら九大に入れるという資料を見て、高校の延長になるのが嫌で、九大に行かないと決めました。
それで早稲田に?
当時はあんまり大学に夢とか希望はなくて、現役の時は特に意味はないけれど、京都大学を受けました。でも落ちてしまった。
浪人して夏休みに東京に遊びに行ったら楽しかった。だから、東大に志望を変えたけど落ちて。
早稲田は受かったので入学しました。
古田さんて、意外とノリと勢いで決断することもあるんですね。「データと論理的思考に基づいてしか決断をくださない男。古田大輔」という私たちが勝手に抱いていたイメージが崩れていきます…。
大学に入学した当時は、ジャーナリストになりたいという気持ちはあったのですか?それこそ、早稲田と言えば「ジャーナリスト宰相」とも言われた石橋湛山の母校ですし。
ないです。ジャーナリズムの「ジャ」の字もなかったです。
大学では特に何をしていたんですか?
自分の知らないものを見たいという気持ちが昔から強かったので、すごい貧乏だったけど、いろんな国へ行きました。初めて行った国はインドです。
初めての海外がインドって、今の大学生にとっては、かなりレベルが高いと思うんですけどなぜですか?
「深夜特急」(※1)の2回目のブームが来ていたのと、ちょうど猿岩石(※2)もやっていた時代で、当時の大学生はめっちゃバックパック旅に行っていました。世界中どこに行っても日本の大学生に会いました。
やはり、インドに行ったら人生観は変わるんですか?
人生観が変わるというのは、正直ちょっと分からないです。でも、「死を待つ人の家」で2週間、ボランティアをしたことは、とても大きな経験でした。
そこでどんなボランティアをしたんですか?
そこはマザー・テレサが作った施設で、「看取り」をする場所でした。
朝の7時に施設に集合して、朝・昼ごはんの介護とシャワーの介護をして、言葉は通じないけどなんとなく話し相手になったりしました。最後に掃除洗濯をして帰る。
「シスター」と呼ばれる修道女たちが主に働いていて、世界中から集まるボランティアが力仕事をしていました。20年前はほとんど欧米の人たちで、アジア人は僕だけでしたね。
死を待つ人の家に来る人は、どのような人ですか?
病気の人もいれば、おじいちゃんおばあちゃんもいます。基本的にはスラムに住んでいる人で、身寄りのない人が多かったです。
先ほどから古田さんから出てくる言葉が「初海外がインド」や「マザー・テレサ」、「死を待つ人の家」など、パワーワードばかりで、「ちょっと何言ってるか分からない」状態なんですが、そもそもなぜそこでボランティアを?
僕は、昔から人の役に立ちたいと思っていて、でも人間1人、たいして才能のない僕にできることって限られています。どうやったら自分の力で人の役に立てるのか、いつも漠然と考えていました。
ボランティアとして現場で働くことは、かなり直接的に人の役に立てる方法だと思い、ボランティアを始めました。
そこでボランティアをして、古田さんはどのようなものを見て、どのようなことを感じたのですか?
そこで働いてると、たまたまインドの貧困家庭に生まれ、苦労して生きてきて、最後は身寄りがなく野垂れ死にしそうになっている人が連れて来られます。人生の最後に連れて来られたこの施設も、凄く立派な施設ではない。貧困や格差を目の当たりにして世の中残酷だよなと感じました。
でも、それと同時に思うのが、貧困や格差に苦しむ人のために働きたいと思う人が、世界中から来るんです。そして、触れ合っているうちにボランティアと看取られる人との間で友情が芽生えることもある。そういう光景を見て、「世界って酷いところだけど、その反面こういう風に友情が芽生えたり、良いところもあるよな」と感じました。そしてこういうことを人に伝えたいと思いました。これが記者になろうと思った原点の一つです。
原点の一つということは、このエピソードで記者になると決断したわけではないのですか?
その後もいろんなところを見に行きました。紛争地域も行ったし、国内でも貧困や格差の現場にいき、ボランティア活動にも参加したけど、でも、結局僕は決めきれませんでした。人生において自分を1カ所の現場に注ぎ込むということを。
その時、そういった自分はいろんな現場のことを伝えるほうが向いているなと思いました。
学生時代に、様々な活動を通して少しずつ自分の進む道が見えてきたということなのでしょうか?
様々な活動もそうですし、あと中村哲さんの講演会での言葉も大きかったです。
中村哲さんとは、どのような方ですか?
1980年代からパキスタン・アフガニスタンで活動している方で、もともとは医者としてペシャワールという街でハンセン病の治療をしていました。
しかし、戦乱の影響で餓死者が多くなって、中村さんは、病気を治す前に餓死をなんとかしなければならないと考えました。そして農業を復活させるために、まずは井戸を掘ろうと。
掘って、掘って、掘りまくったけど、「井戸では追いつかない」と思い、今では中村さんは運河を作っています。「名医は国を治す」とは、まさにこういう人のことなんだろうと思いました。
すごすぎますね。中村哲さん。
中村さんは福岡高校の大先輩にもあたります。学生時代に中村さんの講演会で、「世界中めちゃくちゃ困っている人がいるのになぜアフガニスタンを選んだのか?」と質問したんですよ。そしたら中村さんの答えは「見ちゃったからですかね」でした。
たまたまそこを訪れて、たまたま困っている人を見たから。
「すげーなこの人」と思うと同時に、いろんな場所でいろんな困った人を見たのに選べなかった自分はやっぱり中村さんとは違うタイプの人間だなと悟りました。
なるほど。じゃあ中村さんみたいな人に真実を伝えるために、記者をしているということですか?
そうそう。現場で働く人は絶対に必要なんだけど、ではどうして現場で働く人がいたり、後方支援でお金を寄付したりする人がいるかと言うと、それは情報を伝える人がいるからです。
社会課題をどのように解決していくべきか、僕にはわからない問題が多い。でもそこに社会課題があることは、伝えることができます。どうするかの前に、この状況はおかしいと。伝えたら、多くの人で考えることができる。解決に取り組む人を紹介することもできます。
話は180度変わるのですが、古田さんの個人的なお話でもう一つお聞きしたいことがあって、以前お話した時に「僕は保守です」と言っていたじゃないですか。でもTwitterとかだと「極左」とか「クソ左翼」など、真逆の言われようなのはなぜですか?
そもそも日本、特にネット上で語られている保守・リベラルという肩書きは、定義が滅茶苦茶だと思っています。自民党や安倍政権に近い考え方が保守で、そこから離れたものがリベラルみたいな言い方をする人もいますが、それは本来の定義と全然違います。
本来の定義とは?
もともとは政治哲学の長い歴史の積み重ねの中で、リベラル思想と保守思想とが定義づけられてきました。僕がリベラル思想でついていけないなと思うのが、リベラル思想の理想のレベルが高い点です。まずは自由な個人があり、そして、その理想のもとに社会を変革していく。
ふむふむ。リベラル思想は理想のレベルが高い、と。
でも人間はそんなに強くないじゃないですか?むしろ人間は弱い存在で、人との繋がりや、歴史的な繋がりがなければ生きていけない存在だと僕は思います。
確かに、人間は弱い生き物ですよね。僕は、自身のことを人間の弱さの象徴だと思っています。
自由な個人よりも、自分が住んでいる地域社会や歴史的な伝統に紐付いた自分の方が実感がある。これに近い思想がコミュニタリアニズム(共同体主義)と言われるもので、保守的な一面もあります。
リベラリズムは、「人間存在は単独として成り立つ」という考え方で、コミュニタリアニズムは「単独ではなく社会や歴史、伝統との繋がりで成り立つ」という考え方なんですね。
僕は、世の中を保守かリベラルか、右か左かの二分法で測ろうとする人を見ると「そんなに世の中単純じゃないでしょー」と思います。
確かにそうですよね。人間なんて皆グレーですもんね。敢えてお聞きしたいのですが、実際どっちなんですか?
僕は保守的です。ただし僕は反差別でもあります。
反差別というのは、保守とかリベラルとか関係ないものです。同じ人間として生まれてきて、平等であるべきなのに、生まれた国や性や様々な属性によって、同じ平等を与えられていない人がいます。「同じ人間、同じ仲間なのに。それはおかしいじゃん」と思います。
確かに、それって主義主張の前に、人としての話ですよね。
そうです。ネットで反差別というと「パヨ」とか「くそリベ」とか揶揄されることもありますが、反差別は優しさや人間としての共感力の問題であって、保守とかリベラルとは関係ないです。リベラルでも心が狭い人はいますし、保守でも心が広い人もいる。その逆も当然いる。
ちなみに古田さんの言っている保守とは?
歴史と伝統に則り、それを
いまのネットや言論の場では「保守」だ「リベラル」だと自分や相手にレッテルを貼る人が多いですが、それよりも大切なことがあるんじゃないでしょうか。
例えば、映画の「寅さん」だったら困っている人をみたら助けるでしょう。それを見て「寅さん、あんたはリベラルだ」なんて言う人いたら、寅さんに「お!てめぇ、さしずめインテリだな!」って言われちゃいますよ。
大切なのは保守かリベラルかより、困っている人を助けたり、問題をより良い方向に解決したりすることです。
僕は記者をやってるときも、編集長をやってるときも、そう思って仕事してきました。
前編では、私たちの勝手なイメージやレッテリ貼りをされていたせいで見えてこなかった、古田さんの真の姿を知ることができました。後編ではジャーナリズムについてお話をお聞きします。
後編はコチラ!今やメディア業界では知らない人はいない有名人。そして最近では、テレビやラジオへの出演、Twitterでの情報発信など、お茶の間にもその存在が周知されつつある古田大輔さん。 元朝日新聞記者、元BuzzFeed Japan創…
前編では、謎のベールに包まれている『ジャーナリスト古田大輔』の実像に迫りました。後編では、古田さんにジャーナリズムやジャーナリズムの今後などについてお聞きして行きます。
前編はコチラ1977年福岡生まれ。早稲田大政治経済学部卒。2002年朝日新聞入社。社会部で事件や災害、外国人労働者などを取材した後、アジア総局員(バンコク)、シンガポール支局長を歴任。東京に戻ってデジタル版編集に携わり、2015年退社。BuzzFeed Japanの創刊編集長に就任。2019年6月、退社と同時にBuzzFeed Japanシニアフェローに就任。2019年7月、株式会社メディアコラボ創立。代表取締役に就任。
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以前、「政治家 うっかり失言 TIMELINE 〜ジェンダー編〜」という記事を書いた際に、「これぞジャーナリズムだ」と褒められたことがあって、僕自身、ジャーナリズムをやりたいと思っていたので、とても嬉しかったのですが、よくよく考えたらジャーナリズムについて何も知りませんでした。
そこでとても大雑把な質問で大変申し訳ないのですが、ジャーナリズムとは何か?についてお聞きしたいです。
ザックリしてますね(笑)。
一言でジャーナリズムと言っても、様々な種類があります。一般的には、記事でも映像でも、取材して報じて、ニュースを伝えることですね。
確かに、取材して記事を書いて、それを発信するのがジャーナリズムの仕事というイメージがあります。
そうです。中でも、悪いことをしている人を見つけ出したり、権力を監視することが、ジャーナリズムの最も重要な機能であるという人が多いです。たしかに重要ですけれど、それだけではないという見方も広がってきました。「ネガティブな事件やニュースを探して報じ続けるジャーナリズムって結局みんなを憂鬱な気持ちにさせるだけなのでは?」という指摘です。
そして、新しい潮流としてソリューションズジャーナリズムというものも生まれています。
どのようなジャーナリズムなのですか?
凄く分かりやすい動画があるので、まずはこれを見て欲しいです。
(一緒に動画を見ながら)世の中の問題を暴くのがジャーナリズムの役割という考え方に則ってひたすら問題点を指摘してきた結果、アメリカ人の79%が、「ジャーナリストの仕事はBadニュースを伝えること」と思うようになってしまいました。
もし先生が子どもに「お前は間違っている。お前は間違っている。」と言い続けたら、その子どものモチベーションをものすごく下げてしまいます。それでは誰のためにもならない。
バッドニュースを報じてはいけないわけでもありません。バッドニュースに対するクリエイティブな解決策があることも伝えなさいと言うことです。
もう少し、説明していただけないでしょうか?
重要なのは「グッドニュースだけを報じろ」と言っているのではない点です。
汚職にしろ戦争にしろ差別にしろバッドニュースは昔から存在します。その課題に対して人類は長年戦ってきた歴史(※)があります。
歴史から学んできた教訓に加えて、今の時代はテクノロジーの力を加えることによって、新たな解決策も生まれています。それを報じずに、「悪いことがありました」みたいな報じ方を続けていては、ニュースを受け取る側も社会に対して悲観的になってしまうのでは、というのがソリューションジャーナリズムの考え方です。
ジャーナリズム全体として、20年前と比べて変化したことってなんですか?
一番の変化は、誰でも情報を伝えることができるようになった点だと思います。昔は、ジャーナリストというか、マスメディアだけが広く大衆に、つまりマスに伝える力を持っていたので、情報を伝えたい、情報を知りたいと思ったら、新聞やテレビなどのマスメディアを利用するしかなかった。しかし現在は、大統領ですらTwitterで直接自分の考えを伝えられる時代です。誰でも情報を伝え、拡散できるようになりました。僕はこの状況を『情報の民主化』と呼んでいます。とても、素晴らしいことだと思います。
一方で、誰でも情報を発信し、拡散できるようになった結果、間違った情報や嘘の情報を自分の利益のために、または誤解などから発信・拡散する人もたくさん出てきました。情報の民主化の負の側面です。
『情報の民主化』がおきた現代においてのジャーナリズムの役割とは?
1つは、情報を“検証”することです。かつては報じる人が自分たちしかいなかったけれど、いまはたくさんいる。そして玉石混交の情報が氾濫している。だからこそ、情報のプロによる検証の価値が上がっています。
もう1つは、今ある情報の中で、これは知らなくてはならないよと、“リパッケージ”する必要もあります。なにしろ、情報が氾濫してますから。そして、社会が複雑化していく中で、わかりにくい情報をわかりやすく伝える必要もあります。
隠れているものをあぶり出すだけではダメです!とても大事なことだから何度でも言いますが、ジャーナリズムが20年前と同じではダメなんです!
現代のジャーナリズムの役割で重要になってくることは(1)情報検証(2)情報のリパッケージ(3)情報を分かりやすく伝えること、ということですね。
情報検証とは、フェイクニュースのファクトチェックなどですか?
それもありますし、例えば官房長官の会見一つとっても、現在はインターネットで公開しているので、官房長官が何を言ったのかはそれを見ればわかります。それよりも大切なのは、官房長官の言ったことが本当に正しいのか、突っ込むことです。官房長官の発言だから必ず正しいと思っている人も多いですが、そんなことはありません。政治家の発言だからこそ、しっかりと検証していかないといけません。
無数にフェイクニュースが溢れている現代において、全てをファクトチェックするのは不可能だと僕は思うのですが、どれをファクトチェックするかの判断基準ってなんですか?
何をファクトチェックするかの判断は難しいです。嘘やミスリーディングな情報が山ほど氾濫して、本当にくだらないものもたくさんあります。
でも、情報のプロであるジャーナリストが「こんな嘘だれが信じるの?」と思う嘘も、信じる人がたくさんいます。だから報道に関わる人は「こんな嘘調べればわかるだろう」と思うのではなく、きちんとデータに基づいて検証しなければいけません。
アメリカのメディアが、トランプ大統領の嘘をずっと検証していますが、トランプ大統領自身や支持者たちが「“嘘だ嘘だ”と言っているメディアの方が嘘だ」と言い出して、メディアの報道を信じない人も一定数います。
では、トランプ大統領の嘘検証をやめるべきか?というと、一番権力を持っている人を最も監視しなければならないというのがジャーナリズムの権力監視の真髄です。一方で、信じてもらえないと検証しても意味がない。このジレンマをどうしていくかが現在の課題だと思います。
やはりメディアに対する信頼性は、全般的に下がっているんですか?
衝撃を受けた資料があります。ロイターインスティテュートという組織によるデジタルニュースレポートが出している研究で、「ニュースメディアは権力を監視していますか?」と、各国別に一般ユーザーとジャーナリストに質問しているものです。
ドイツだと一般ユーザーのYesが37%、ジャーナリストのYesが36%。
アメリカだと一般ユーザーのYesが45%、ジャーナリストのYesが86%で、他の国もだいたいこのような感じです。
普通に考えて、自分たちの仕事に誇りを持っているから、ジャーナリストの自己評価が高くなるのは当たり前のことです。
聞く前から、なんだか答えは分かるのですが、日本は…?
日本はひどい状況です。一般ユーザーのYesが17%、ジャーナリストのYesが91%です。
ふぁ?!
日本のジャーナリストたちは自信を持って「権力を監視している!」と思っているのに、一般ユーザーは「あいつら仕事していない」と思っています。
ユーザーからの信頼がなければ、ニュースメディアがどんなに頑張って嘘を検証しても、お前らが嘘つきだろと思われてしまいます。これは危機的な状況です。どうにかしなければいけません。
一部では、メディアは衰退産業と言われていますが、これからのメディアはどのように生き残って行くのでしょうか?
新聞社がどうやって、事件の第一報を得ているか知っていますか?
Twitterですか?よくメディアが目撃者にリプライを送っているのを見ます。
今はTwitterも利用しますが、それよりも伝統的に重要なのは、警察や消防に電話し続けて「なにか事件は起きていませんか?」とチェックすることです。
ものすごく地道な作業ですが、なぜそのようなことができたかというと、大手紙であれば編集局に千人を超える記者がいたからです。
すごい人海戦術。しかし、その人数を食わせるには、相当のマネタイズが必要ですよね?今、新聞社の資金繰りはどうなんでしょうか?
昔、新聞社はとても儲けていました。現在も収入は大きいですが、以前に比べると落ちています。当たり前ですよね。年々、紙の購読者が減っているので、売り上げも落ちていきます。そうすると、これまでと同じだけの人員を雇うのは難しくなってきます。
新聞の売り上げってどれくらい落ちているんですか?
たとえば朝日新聞は毎年売り上げが100億円ペースで落ちています。それにも関わらず、今と同じ人数を雇って同じコストをかけていたら、普通に考えたらそのうち倒産します。
確かに。…やはり新聞社の未来は暗いんですか?
希望もあります。現状、朝日新聞は年間3700億円ほど売り上げています。インターネットメディアの大きいところの100倍です。インターネットメディアがわっーーと集まっても、朝日新聞1社に勝てません。
全体の規模感を誤解している人が多いですが、新聞社は未だにそれだけの規模の売り上げがあります。地方紙の売上規模もネットメディアと比較するとずっと大きい。人材、取材網、歴史的に培った信頼感、そして資金力。これらを活かせば、V字回復の道はあると思っています。
紙ってなんでそんなに儲けることができるんですか?
寡占だからです。紙を印刷して毎日数百万世帯に配ることは、インターネットメディアにはできません。コストが大きすぎるからです。紙のメディアは印刷から配布までの一気通貫の手段を持っているから、そこに流れ込むお金を寡占的に数社だけで分け合うことができます。
今新聞社の編集局で働いている人は、日本全体で1万9千人います。1万9千人いるから日本全国の事件事故や行政、災害などを網羅することができます。それも全ては、新聞社がお金を持っているからです。
その1万9千人を、インターネットメディアは雇えるのですか?
絶対に無理です。なぜなら紙ほど儲けることができません。新聞の世界と違って、インターネットの世界は何千社、個人を含めると何十万人という中で、インターネットからの儲けを分け合っています。小さいパイを大人数で分け合っているので、1万9千人を雇いながらでは成り立ちません。
21世紀のニュースメディアは、日本全国のニュースを伝えることができる規模感で、生き残れますか?
うーん。わかりませんが、いまの規模で日本全国のニュースをカバーするのは、絶対に無理です。たとえば、今1万9千人でやっている仕事を100人でまかなえといわれても、それはきついですよね。
メディアからニュースを得られなくなると、僕たちはどうすればいいんですか?
ネットなどで自分で情報を調べることになります。しかし、その中には信頼性の低い情報、いわゆる「フェイクニュース」も紛れています。
よく「どうせマスゴミなんて信頼できないから、無くなってもいいんじゃないか」という人がいますが、マスゴミと言われているマスメディアの流している情報と、ネット上の匿名の個人や機関が流している情報とでは大きく違うことがあります。それは、マスコミが流している情報は、運営元がわかっているということです。そのため、もしも情報が間違っていた場合、逃げも隠れもできません。「お前ら間違っているじゃねえか」とマスメディアに指摘ができます。
しかしネット上の匿名の情報は、間違いを指摘したら逃げる人が多いです。追いかけることも難しい。自分に都合の良い情報を流して、いざそれがバレたら逃げる人たちによる嘘が蔓延しています。
政治や各地のニュースを取り上げるニュースメディアの生態系を社会から無くしてはならないと思います。
最後に、古田さんの今後についてお聞きしたいと思います。これからは、どのようなことに取り組まれるんですか?
僕がというか、日本のメディア全体が取り組まなければならない課題が2つあります。
1つはデジタル化です。デジタル化を進める上で、どのように技術や考え方を導入して行くかをサポートしたいです。
2つ目はコラボレーションです。1社で生き抜いていくには難しい状況になってきています。個人や1社、1業界などで生きていくのではなく、ニュースのエコシステム、生態系がデジタル時代にも成立するように、そういう動きをサポートしていきたいです。
日本のメディアで面白いコラボレーションの例はありますか?
西日本新聞さんが始めた『あなたの特命取材班(あな特)』が、すごく良い事例だと思います。
あな特はLINEも活用してユーザーから質問や情報を集めています。そして、パートナーとして地方紙同士が連携し、ノウハウや知見を共有し、記事を交換しあっています。あな特のような、デジタルテクノロジーも使ったコラボレーションをこれからもっと増やしていかないと、と思います。それをサポートしていきたいです。
でも今までみんな囲い込むことで商売にしてきたのに、Win–Winの関係を作りながらみんなで商売もできるシステムを作らなければなりませんよね?
本当に難しいのがマネタイズでのWin–Winです。
一方で、信頼性の部分でのWin–WinやコストカットでのWin–Winはいろいろできます。コストカットは売り上げをあげるのと同じくらい大切です。
また、信頼性は最終的に売り上げに繋がる武器だし、メディアの寄って立つところなので、そのような方面でも、サポートしていきたいです。
古田さん、お忙しい中本当にありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにしています!
前編では、謎に包まれた古田さんの人間性をお聞きし、後編では「ジャーナリズムとは」や、「ジャーナリズムの今後」について大変わかりやすく解説していただきました。
古田さんのお話をお聞きして私は、社会の変化から日本のジャーナリズムが取り残されていると強く感じました。
政治家はTwitterやYoutubeで自らの考えを直接、国民に届けたり、新聞よりもTwitterでの個人のつぶやきが、事件の第一報を伝える現在において、今までのようなとにかくスピードを重視し内容の濃さは二の次と言った報道は必要ではないと思いました。
それよりも大切なのは、政治家の発言をファクトチェックすることや、断片的で浅い報道ではなく、より長い文脈で深くニュースを掘り下げて伝えて行くことが、必要なのではないかと思いました。
さらに、これまで寡占状態だった新聞社が、毎年100億円ずつ売り上げを落としているなかで、これまで通り1社で数千人単位の社員を抱え続け、全国のニュースを伝えるのは無理だという指摘は衝撃的でした。積極的に新しいテクノロジーを使い、より効率的なニュース報道の方法を考えていかなければならないと痛感しました。
今回のインタビューで、古田さんのように新聞からデジタルの転換や、メディア同士のコラボレーションを推し進めることで、現在の危機的状況から生き延び、ビジネスとして、そして民主主義のインフラとしてのジャーナリズムを次世代まで残そうとしている人の存在を知り、私自身も微力ながらお力になれるように頑張ろうと思いました。
ps.インタビューされる側であるにも関わらず、終了時に「いいから、いいから」と言って、取材時のコーヒーをご馳走していただき、本当にありがとうございます。あまりの格好良さに、惚れてしまいました。
前編では、謎のベールに包まれている『ジャーナリスト古田大輔』の実像に迫りました。後編では、古田さんにジャーナリズムやジャーナリズムの今後などについてお聞きして行きます。 前編はコチラ プロフィール 古田(ふるた)大輔(だ…