チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。
ばん
彼女は東京の美大を卒業した。
油絵を専攻していたけれど、在学中は油絵をほとんど描かず、石占い、漫画、儀式、パフォーマンスなどをしていた。
卒業後も就職はせず、アルバイトをしながら、時に制作やパフォーマンスをしながら生きてきた。
私が、彼女に初めて会ったのは、3年ほど前になる。
インドの片田舎にある先住民族の村で開催されたアートフェスティバルで、ボランティアとして一緒に過ごしたのだ。
心の声に素直に生きる彼女の姿は、不思議なオーラに包まれていた。
インドから帰国した後も、個展やパフォーマンス会場で彼女の作品を見てきた。
制作したくないときは、制作しない。
作品を作れないときは、いくらもがいても、作れない。
自分の直感を大切にする彼女のことだから、「イランに留学に行く」と聞いても、とりわけ驚かなかった。
あまりにもあっさりと、イラン行きを決め、渡航前日にお酒を飲み交わした時も、これから半年にもわたり、異国に行くことを全く感じさせなかった。
気が付いたら、彼女が日本を去ってから、1か月経っていた。
「えなちゃんは、どうしているのだろう…」
ふと思った頃に、彼女から、長い手紙が届いたのだった。
ばんちゃん、お元気ですか。
えなはとっても元気です。
日本では毎日アルバイトの日々でしたが、イランでは働かずに、伸び伸びとペルシャ語の勉強ができて幸せです。この私が、勉強を楽しんでいるなんて、なんだか不思議です。
日々この国に来てよかったなと思いながら、少しでもその気持ちが伝わればと思い、手紙を書きました。
私は今、首都のテヘランから車で2時間ほどのQom(コム)という町にいます。
ここはイランの中でもイランではないと言われ、この国の人たちはみんな「とても退屈な街だよ。」と言います。
でも、私はこのコムという町が好きになりました。
どこを見ても砂っぽい。
どうやらこの街は、砂漠の中にあるみたいです。
女性はチャドルという黒い布を身にまとい、男性も白または黒のターバンのようなものを身につけて、土やレンガでできた街並みを颯爽と歩いています。
車文化みたいで交通量がすごいです。
なぜなのかわからないけれど、みんな白いpeugeot(プジョー)という車に乗っていて、どれが誰の車なのかさっぱりです。タクシーがちょっと黄色いくらいかな。あとは全部真っ白。
インフレの影響で大量に渡される紙幣は、青いペンで何かしらメモやら計算やらが書かれていたり、中には今にも千切れそうなほどボロボロなものもあります。
単位が大きすぎて、ゼロがいっぱいすぎて、安いのか高いのかさっぱりです。
ちなみに私の好きなタバコは、一箱70,000リアルで安いです。
日本と同じようにここには四季があって、今は春です。
イランの春はバラがとても有名らしく、今行っている学校には綺麗なお庭が何箇所かあります。
色とりどりのバラたちが私たちを歓迎しているようで、学校に行くたびに私を穏やかな気持ちにさせてくれます。
そして何よりも好きなのは、ある一定の時間になるとアザーンというお祈りの時間を、町全体に知らせてくれる放送が流れます。
私が中東にいること、イランにいることを一番実感させてくれる瞬間です。
学校のお昼休みが、なんと2時間半もあるのですが、学生たちはその間にお祈りをするみたいです。
私はイスラム教徒ではないので、お祈りはしませんが、彼女たちが向かうお祈りの部屋でぼうっとその姿を眺めたりします。
まだ理解することのできないペルシャ語での演説、「アッラー(※イスラム教の神様のこと)」という言葉を聞いた時にみんなで合唱するSalawatという合唱を聞いた瞬間、時々行くモスクや霊廟で神様に、そして死者に話しかける姿は、もうすでに目にしっかりと焼き付いてしまいます。
初めて会ったときに、ここの人は
「あなたはどこの出身なの?」
二言目には、
「あなたの宗教は一体何?」
と聞いてきます。
私は神様はいるような気もするけど、私の中に存在しているのかと言われればわからず、その二言目を答えるのがとても難しいです。
しかしここに来てからというもの、神様は一体どこにいるのか、そもそも神様とは何なのか…と、宗教や神様について、考えない日はありません。
それは、この国にいる彼ら彼女らが、当たり前のように神様の存在を肯定し、それと共に生活をしているのを見ているからなのか、日本にいるよりもなんだか神様との距離が近いなぁと思ってしまいます。
この国のことを全て把握するのはきっと難しいことだとは思いますが、のんびり過ごしながらペルシャ語を勉強しながら考えたり、覚えたてのペルシャ語で色々話してみたいなぁと思います。
今日はこのくらいでおしまいにします。
また書きますね。
どうか皆さん体に気をつけて。
ホダーフェス(※ペルシャ語で「さようなら」)。
ばん
イランはいったいどんなところなんだろう。
学生時代、アラブ諸国に何度か渡航したけれど、ペルシャ語圏であるイランは未知の世界である。
縁もゆかりもなかったイランという国と、えなちゃんを通して微かにつながったような気がした。
異国の地のかほりを含んだ手紙を閉じて、ベッドに入った。
行ったことはないけれど、イランの夢を見ているような気がした。
トランプ大統領の経済制裁によって大打撃を受けるイラン経済。
イランでは「リアル」という通貨を使っているが、トランプ政権の経済政策の影響でリアルの価値は3分の1になってしまった。
物の価値は変わらないのに値段があがってしまう、つまりお金の価値が下がってしまっているのが今のイラン。
この現象をインフレと言いますが、インフレが過剰に進むと、これまで持っていた貨幣が紙屑になってしまうなんていうことも。
ところで文中に出てきた、たばこの7万リアル。安いといいますが、いったいいくらなんでしょう。
インターネットで調べると、180円くらい、と出てきます(2019年5月現在)。
しかし、実際はそんなに単純ではない様子。
インターネット上の為替レートは、5月時点で100ドル=421万リアルと表示されます。
ところが、4月にえなちゃんが両替した時は、イランの首都テヘランの空港で100ドル=1370万リアルだったそうです。なんと、桁が一つ違います。
イラン人の人たちは、1万リアルことを、1トマンと呼ぶそうです。リアルだと桁が大きすぎて、ほかの名前ができたそう。
なんだか驚きですね!
ちなみに当のたばこの値段ですが、100ドルが1440万リアルだとすると、7万リアルのたばこは0.49ドルくらい。日本円にすると、53円(2019年6月のレート)くらいでしょうか。うーん、たしかにすごく安い。
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。 仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。 このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。 …
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
そんな二人の文通を、ゆるゆるとご紹介するこのコーナー。
今回は、南アフリカのばんから、宗教や食事についての手紙が届きました。
サラーム(※) ばんちゃん!
お手紙ありがとう。南アフリカの宗教の話もすごく面白そうだね!
「宗教」とか「神様」って、日本ではなかなか感じることが少ないけど、多くの国ではあたりまえに信仰されているものなんだよね。多くの人々にとっては身近な存在なんだなと、日本を出てみるといつも思うなあ。
いろいろな国の宗教についてもっと知りたいなと最近は思っています。今度いろんなところの宗教について、ゆっくりお話しできたらいいな!
そして、こちらイランではペルシャ語の勉強が大変で、毎日毎日ヒーヒー言ってます。
今イランは夏本番。イラン人たちは「道路で目玉焼きが美味しく焼けるよ!」なんて言ってます。
だんだんわかってきたんだけど、イラン人は冗談が大好きみたいでいつも私たちを和ませてくれるんです。
言語の習得は大変だけど、もっと彼らの文化を知りたいなと思って頑張っています。
話は変わるけど、私は留学前にずっと不安に思ってたことが2つあったんだよね…。
それは、半年間お酒が飲めないこととラマダン月(断食月)があること!(※)
ばんちゃんは知ってると思うけど、私は食べることもお酒を飲むことも大大大好きなのでどうなっちゃうんだろうと、とっても不安でした。
これまでの海外経験はどれも短くて、最長で3週間くらい。だから海外のご飯も楽しめてたし、日本食なんて微塵も恋しくなかったけど…、イランに来て3ヶ月が経った今は、ちょっとだけ恋しいです。
今日はばんちゃんも手紙で書いてくれたラマダン月とか、「食」の話を書いていこうかなぁと思います。
まずはばんちゃんも手紙で書いてくれてたラマダンの話からしようかな。
日本でもよく知られているラマダン。よく誤解をされがちみたいなんだけど、ラマダンというのはイスラム暦の月の名前であって、ラマダン=断食ではないみたいなんだよね。
実はラマダン月中ではもっといろんなことをしなくちゃいけなくて、例えば寝ない、暴言を吐かないとか…そのうちの一つが断食なんだって。
ややこしいけど、さらに断食の期間中は喫煙、性行為なども禁止されているみたい。
あとは宗派によって断食の日数も違って、中には3日とか、1週間しか断食を行わないところもあるみたい。
ここはシーア派の中でも12イマーム派という宗派を信仰していて、断食期間は約一ヶ月ありました。
結果から言うと、私たち日本人留学生はイスラム教徒じゃないから断食はしなくていいよ!と言われました。しかも、日本人のためだけに特別に昼ご飯を作ってくれたので、食事には困りませんでした。
ただ、せっかくイランに来てラマダン月が被っているんだったら私もやってみたい!と思い断食を体験してみることにしました!
断食をした時の、私の1日の流れはこんな感じ。
ラマダンでの断食といえば、日が出てる間はご飯を食べてはいけないとありますが、正確な合図は1日に3回流れるアザーンです。 朝のアザーンがその日の断食始まりの合図で、夜のアザーンがその日の断食終了の合図になるのです。
私がいた地域コム(Qom)では、朝の4時半ごろに朝のアザーンが鳴り、20時半ごろに夜のアザーンが鳴るので、約16時間の断食をしなくちゃいけません。
やってみた感想は、とにかく暑いからご飯は割と食べなくても大丈夫だけど、喉がめっちゃ乾く!
そして朝ごはんのサハリを食べるための早起きが大事で、寝坊すると朝ごはんを食べ損ねるので大変です。初日に一生懸命食べていたら、ホテルのスタッフの人がもう食べちゃダメだよ!と言って食べ物を全部片付けられちゃったのは悲しかったなあ。
喋ったり、歩いたりしたら水分が飛んじゃう気がしちゃうし、一回喉が渇いたかも?って思っちゃうと、ずっとお水のことしか考えられません。ちなみに断食の最中は、喉を潤す目的で唾を飲み込むことも禁止されているらしいのです…。
あとは朝ごはんを食べるために早朝に起きるので、寝不足になります。授業が普通にあったので、眠いのが辛かったなぁ。
それでも断食の後にご飯を食べると、本当に美味しいと思えるし、でもまぁとにかくお水!お水に感謝ですね。水分はとても大切だと改めて感じました。
軽い好奇心で始めた私は、結局2日で断念しちゃいました。
言い訳をしちゃうと、断食期間中はみんなあまり働かないし、授業もほとんどないらしいのですが、私たち日本人留学生には特別に昼食が出されるし、通常授業だったんですね!(よくよく考えると先生も辛かったのかも…ありがとう先生!)
そんななか断食をしていると体力的にも厳しいし、勉強にも集中できなくなっちゃったの。
実際、シーア派の教えの中では体の健康が第一として、風邪のひと、生理、妊娠中のひとは断食を行うことを逆に禁止しているそうです。無理をしないのが大事みたいだよ。
それ以外にも旅行中の人も断食はしないとか、いろいろと細かい決まりがあるんだって。
そして断食をしてみて感じたのは、まわりのみんなと「一緒に」断食をすることがラマダンを乗り切る秘訣なんじゃないかっていうこと。
私はなんだかんだ日本人しかいない部屋で生活していたし、周りの日本人留学生は好きにジュースを飲んだりお菓子を食べたりしてたし、ご飯は学校から配給されるものだったから、豪華なイフタール(※)をみんなで食べることもなかった。そして私は信仰心もないから、続けるのが厳しかったんだよね。
だけどイラン全体で見れば、昼間はお店もどこもやっていないし、周りの人もみんな断食をしていて頑張ろうと思えるし、夜にはお店が始まって賑わってくるし、お家で過ごす時も家族や親戚が集まってイフタールを食べて、ワイワイするのがとっても楽しい!
そうやってみんなで協力しながら、この一ヶ月を過ごしているのかな。
(そうすると、日本で暮らしているイスラム教の人たちは、どうやってラマダン月をこなしているんだろう…?)
さっきも書いたけど、断食明けの食事であるイフタールの時は、毎日のようにお家に親しい友人や親戚を招待してみんなで食べるのが習慣らしく、私も2回ほどイラン人の友達に呼ばれてイフタールに参加しました。
その人のおうちは大家族で、60人以上親戚が集まっていました…!びっくりだよね。
私は女性が集まるお部屋に連れてってもらって、そこで同世代のイラン人の女の子とワイワイ楽しくお話をしながらイフタールを食べました。
そういえばそのとき、みんなでお庭に出てスイカを食べながら、留学組の中にいる男の子の中で誰が一番かっこいい?彼の名前はなんていうの?なんてガールズトークで盛り上がったりもしたよ。 どこの国の人も変わらないなぁと嬉しくも思えた日でした。
今度イランの家族についても話せたらいいな。
ラマダンの話でいっぱいになっちゃった。
次は食事の話をしようかな。
今回は、ラマダンのお話でした。
手紙を書いているうちに、2人は気が付いてきましたが、えなちゃんのいるイランと、ばんちゃんが学生のこと旅をしたアラブ首長国連邦やヨルダンなどアラブ諸国のイスラム教には違いがあるようです。
イランの人々の多くが信仰しているのはシーア派。その中の12イマーム派です。今回のえなちゃんの手紙には、一日に礼拝(お祈りのアザーンの数)を3回すると書かれています。
それを読んで「あれ?」とおもったばん。彼女が知っているイスラム教徒の友達は、一日に5回礼拝をしているからです。
どうやら、スンニ派と呼ばれる宗派を信仰している人々は、一日に5回礼拝をするようです。
同じイスラム教ですが、いろいろ違いがありそうですね。
実は、ひとことでイスラム教と言っても、さまざまな宗派があります。大きくはスンニ派、シーア派に別れていますが、スンニ派・シーア派それぞれの中でも、さらに細かく宗派が分かれています。またこうした宗派を信仰している人からは「異端」とされていますが、イスラム教に系譜をもつ宗教(宗派)もあります。ドゥルーズ教やアラウィ―教などがそうです。
細かい宗派を扱うと日が暮れてしまうので、ここではシーア派とスンニ派の違いをお話しします。
シーア派を信仰している人は、世界にいるイスラム教徒のうちの10-13%だといわれています。残りの9割ほどがスンニ派です。シーア派の信者が多いのが、イラン、そしてイラク、レバノン、イエメンなどです。
イスラム教が、シーア派とスンニ派に別れたのは、預言者であるムハンマドの死後、6世紀ごろといわれています。ムハンマド亡き後のイスラム教の指導者を決める際に、ムハンマドの血筋を重視したのがシーア派、血統を重視しなかったのがスンニ派の始まりだといわれています。
そのため、おもな違いは指導者の考え方。教義自体にはそれほど変わりはないともいわれています。
違いのひとつとして「礼拝の数」があります。スンニ派では1日に5回礼拝するところ、シーア派では1日に3回。シーア派は礼拝の数が少ないですが、回数ではなく信仰心が重要だとされているといいます。
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。 仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。 そんな二人の文通を、ゆるゆるとご紹介するこのコーナー。 今回は、南アフリカのばんから…
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
そんな二人の文通を、ゆるゆるとご紹介するこのコーナー。
今回は、南アフリカのばんから、宗教や食事についての手紙が届きました。
えなちゃん
お手紙ありがとう!
洋服の話、とっても興味深かったです。
私が行ったことのある国でも、日常的にヒジャブをしている人も、していない人もいて、本当に国、地域、人それぞれなんだなあ、と思いました。同じ中東地域でも、いろんな形があっておもしろい!
イランの服装は、イスラム教の影響が大きいんだよね。日本で宗教と聞くと、なんだかいろいろ決まりがあって、窮屈そうという印象を持つ人も多いと思うけど、それぞれが納得して選択しているとしたら、それもその人の自己表現の一つなのかな、と思います。
イランではイスラム教徒が多いと思うけど、私の住むヨハネスブルグでは、さまざまな宗教を信仰している人がいます。
南アフリカでは、多数派の人がキリスト教を信仰しているけど、街にはヒンドゥー教の寺院も、イスラム教のモスクも、ユダヤ教のシナゴーグもあります。キリスト教徒といっても、アフリカ土着の祖先信仰と混じったものも多いです。もちろん、人によっては、まったく宗教的じゃないことも。
えなちゃんと初めて会った、インドにもいろんな宗教の人がいたね。リクシャー(三輪タクシー)の運転手が、運転席にヒンドゥー教の神様のシールを張っていたり、イスラム教を表す緑地に月と星のマークがついていたり、十字架をぶら下げていたり…。
いろいろな宗教を信仰している人が一緒に暮らしていると、信仰そのものがそれぞれのアイデンティティにもなっているのかなあ、と感じました。
宗教といえば、服装だけでなく、他にも生活について、独特の決まり事や教えがあることがあるよね。例えば食事とか。
私が初めてパレスチナ自治区に行ったときは、イスラム教の断食月である「ラマダン」の初日でした。
日中太陽が出ている間は、食べ物も飲み物も摂取しないと聞いて「ものすごくストイック!」と思ったのだけど、ラマダン用の飾りつけをしたり、特別な料理やお菓子を食べて、お祭りモード。子どもたちも、いつもと違って夜更かしできるからか、うきうきした雰囲気が伝わってきて、ラマダンを楽しんでいる様子が印象的でした。
UAE(アラブ首長国連邦)人の友人の一人は、ラマダン月が終わった後も、自主的に断食を延長していて、なんでか聞いたら「健康にいいし、自分自身のためにやっているんだ」と答えてくれました。断食をすることで、貧者の気持ちを知り、自分自身を清めることになるんだとか。
そういえば、東京に住んでいた時、職場の近くにあったイラン料理屋さんに何度か行ったことがあるのだけど、独特の香辛料が効いたあの料理、結構好きでした。
えなちゃんは毎日、どんな食べ物をたべているの?それに、イランのラマダンの様子も知りたいな。
今回はこのくらいで。
それでは。
イスラム教には、イスラム教徒が果たすべき義務「五行」があります。サウジアラビアにあるメッカに巡礼することや、困窮している人に対して寄付をすることなど、5つの行いが定められており、その一つが「サウム」と呼ばれる断食です。
サウムを行う月のことを、日本語ではラマダン、ラマダーン、ラマザンなどと呼び、ラマダン月の間、断食を行います。
断食といっても1か月何も食べないわけではありません。日の出から日没までの間、飲食を断つのです。敬虔な人は、自分の唾さえ飲まないといいます。
ただし、日の入りの後、太陽が昇るまでの間は断食をしなくて良いので、その間に1日分の飲食をします。
日没のお祈りの後に食べる、断食明けの食事のことを「イフタール」といいます。家族や友人などが集まり、大勢で食べる特別な食事です。また、日の出のお祈りの前に食べる食事のことを「スフール」(※)と言います。
イスラム教の暦は、太陽暦ではなく、月の満ち欠けによって決まる太陰暦。そのため、毎年少しづつラマダンの時期はずれていきます。
ラマダンの時期は、イスラム教徒にとって最も神聖な月といわれており、日中の飲食だけでなく、喫煙や性行為も禁止されるとか。
この時期、日中は営業していない店も多いのですが、どのくらい厳しいかは、国や都市によっても、そしてもちろん個人によっても差があるようです。
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。 仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。 そんな二人の文通を、ゆるゆるとご紹介するこのコーナー。 今回は、南アフリカのばんから…
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。
今回のお便りは3通目。イランに留学中のえなちゃんからのお便りです。
ばんちゃんへ
お返事ありがとう。
お手紙を書くのは昔から大好きだったけど、ばんちゃんとこうやってゆっくりお話ができるのは不思議な気持ち。
とっても嬉しいな。
イランは最近はだんだんと暑くなってきてます。でも、コム※は砂漠地帯なのでカラッとしていて、日差しを避ければ日本より過ごしやすいです。
この辺は、あちこちに美味しいフルーツジュース屋さんがあります。ラマザン※も終わったので、お昼休みに時々買いに行ったりしてるんだ。
学校のお庭の木陰でメロンジュースとかイチゴジュースとかを飲みながら、ぼーっと過ごすのがとっても気持ちよくて、贅沢な時間です。
今日は、お手紙でチャドル※について聞いてくれたので、イランの服装の話をしようかなと思います。
この国の決まりではざっくり言うと、女性は髪の毛と体のラインは隠さなきゃいけないという法律があります。
なので、私も手首と顔以外はほとんど布で隠された状態で、さらにお尻と胸は形が見えないように、上着を着たりダボっとしたズボンを履いたりして隠しています。
イランには体を隠すグッズが何個もあって、チャドル、マグナエ、ルサリー、ショール…などなど大混乱です。
でも前に手紙で書いていたアバヤというのはここの国では聞かないなあ…きっと他の国でもいろんな名前のものがたくさんあるんだろうね。
イランでは、こうした体や頭を隠すグッズを、「ヒジャーブ」と言います。もともとはアラビア語から来ているみたいで、意味はそのまま「覆い隠すもの」だそうです。
チャドルはね、実は私、二着も買っちゃいました。
前にも書いたけれど、このコムという街はイランのなかでも特殊で、ほとんどの女性がチャドルを着ているので、この街にいるときだけは私も真っ黒なチャドルを着て颯爽と歩いています。
とは言っても、体のラインと髪の毛を隠す布は別に黒くなくて大丈夫。
一緒に来た日本の留学生たちや、時々学校に来るパキスタン人やアゼルバイジャン人などは、それぞれ好きな色のスカーフを、お洋服と合わせて身につけていてとても可愛いです。
ちなみに、ほかの都市だと、チャドルを着ていない女性もたくさんいます。
コムでの生活に慣れた頃に、初めてテヘラン観光に行った時は驚きました。
チャドルをつけている人はほとんどいないし、なんなら髪の毛もほとんど隠していなくて、ふわっと頭に乗せてるだけとか、肩にかけてるだけの人がたくさんいるんです。
コムという街が、イランの中でもイランではないとよく言われる意味がわかりました。
間違えて、コム以外の街でチャドルを着て行ってしまうと「あなたは何でチャドルを来ているの??」と、いろんな人に質問されてしまいます。
言い訳が大変で、「楽ちんだからですよ」と答えると、だいたいの人は「絶対に楽じゃないよ!大変じゃん!」といってくるのがなんだか面白いです。
宗教的にもっと大事なものだと勝手に思っていたので、なんだか意外だなぁという感じです。
私は案外、チャドルを気に入っていて、中はノースリーブにレギンスとか、Tシャツに短パンとか、誰にも見えないから好き放題の格好をしてます。 なんなら起きてすぐ、パジャマのままチャドルをかぶって買い物に行ったりしちゃいます。
チャドルは同じ黒い布でもたくさん種類があって、流行りとかもあるみたい。
私も2着買っちゃったのには訳があって、1着目に買った伝統的なチャドルは、生地が分厚くで動きにくかったので、2着目はチャックとか袖が付いてる現代的なチャドルを買い直したの。現代的なものはとっても薄い生地でできてて夏でも涼しく、動きやすいです。見比べたらきっと面白いので、帰国したら見て欲しいな。
チャドルを着て暮らしてみた感想は、やっぱりあっちこっち気を使わなくていいのはとても楽ということ。全身布に包まれてると安心感があって、日本にいる時以上に神経質にならなくて済むのかなぁと思います。でも、おしゃれが好きな私としては、自由な格好や髪型で外に出れないことの悲しさを感じるときもあります。
チャドルの大変なところは、裾を踏んでころんじゃうことや、種類によってはリュックが背負えないこと、あとは慣れてないからか、裾を引きずってとれちゃったこともあります。着こなせるようになるまで、結構時間がかかるんですね。
はじめのころは、バスから降りる瞬間に後ろの人に裾を踏まれて、頭から派手に転んだことがありました。「くそう、ヒジャーブの洗礼を受けてしまった…」と、しばらく痛かったけど、階段やステップでは、ドレスみたいに裾を引っ張って歩かないといけないことを学びました。
学校の先生に、なぜ女性は体や髪の毛を隠さなきゃいけないのかと聞けば、「それは美しいものは隠すことが美徳だからですよ。」とか「女性は男性の目を惹きつけてしまうものだから隠した方が安全なんです。」とか、「コーランに書いてあるからです。」とか色々な返事が返ってきます。
「体を隠さなければいけないなんて大変だなぁ。自由におしゃれすればいいのに。」と思う人もいるのかもしれませんが、この国の人たち(特にコムの人たち)からすれば「美しいものを大切な人以外に見せるなんてもったいないなぁ。隠したらいいのに。」と思うのかもしれませんね。
自分が当たり前だと思っていた価値観が全部じゃないなあ、と日々思い知らされているけど、この服装に関してもそのうちの一つだなと思いました。
長くなっちゃったので、今日はここまで。
まだまだたくさん話したいことがあるなぁ。
みんなとの再会を楽しみにしてます。
それじゃあまた。
お元気で。
えな
イスラム教の教えが書かれているコーラン(クルアーンとも呼ばれる)には「女性の美しい部分を隠すように」と読み取れる部分があります。
そのため、体のラインや髪の毛を隠す人も多いです。一部の国では、女性の露出について法律で定められていて、イランもその一つです。
文中に出てきたアバヤというのは、アラビア半島(サウジアラビアやアラブ首長国連邦、カタールやクエートなど)の伝統衣装のこと。チャドルのように、女性の体のラインを隠す服ですが、頭の上から被るのではなく、首から下を隠します。頭部は、ヒジャブと呼ばれるスカーフを付けることが多いです。
また、ブルカという服も聞いたことがあるかもしれません。ブルカは顔全体を覆うもので、現在はアフガニスタンなどの中央アジアでよく見られます。
一言でイスラム教、イスラム教の女性の服装といっても、地域や文化、家庭、個人によって異なります。同じ国でも時代によって流行り・廃りもあるんだとか。
ちなみに、イスラム教を信じる国に行ったら、外国人もヒジャブなどを着用しないといけないのでしょうか?
それは、国によって法律が違います。
外国人にも自国民にも寛容な国もあれば、イランやサウジアラビアのように、外国人であれ、髪の毛や肌の露出を禁じている国もあります。
また、どの国でも、モスクなどの宗教施設の入るときは、ヒジャブの着用を求められることが多いようです。
私自身も、いくつかのアラブ諸国に旅した際に、ヒジャブを付けて歩いたことがありますが、日差しが強く、砂っぽい気候の中で付けるヒジャブは、思ったよりも快適で、確かに人目を気にしなくてよいので、心地よいように感じることもありました。
ちなみに、髪の毛を見せていけないのは、親戚以外の男性のみ。なので、女性同士だと髪の毛を出していてもいいのです。
女の子だけで女子会をしているときは、みんな思い思いの格好で、ガールズトークを楽しむことも多いんですよ!
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。 仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。 このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。 …
チャリツモライターで南アフリカ在住のばんと、同じくチャリツモライターでイランに留学中のえな。
仲良しだけど、今は遠く離れているふたり。
このコーナーでは、そんなふたりがときどき交わす、手紙のやり取りを記録していきます。
ばん
突然「イランに留学にいく」といって、あっという間に旅立ったえなちゃん。
彼女が日本を離れて1ヶ月ほどたったある日、イランのえなちゃんから1通の手紙が届いた。
遠い異国で、なれない生活を送る彼女の等身大の日々が綴られた便りは、イランとそこに暮らすえなちゃんをすぐ近くに感じさせてくれた。そして私は、えなちゃんへのお返事を書こうとペンを取った。
えなちゃん。
お手紙ありがとう。
イランからお手紙をもらうのは初めてだから、ちょっぴり緊張しながら読みました。
こちらは元気にやっているよ!えなちゃんも、元気そうで何よりです。
イランの街は、首都のテヘランくらいしか知らなかったから、コムというところ、とても気になります。
日本だって、東京だけ見るのと、最寄り駅まで車で1時間かかるような片田舎を見るのとだと、きっと全然印象が違うだろうから、コムでの経験はきっととても貴重だと思います。
イランでは、えなちゃんもチャドルを着ているの?
私もイスラム教を信仰する国に何度も行ったことがあるけれど、自分ではスカーフなどの布をつけて街を歩いたことはないです。いったいどんな気分がするんだろう?
アラブ首長国連邦(UAE)に行ったときに友達になったUAE人の女の子は、真っ黒のアバヤという服の中に、ジーンズとスニーカーを履いていたりして、ギャップが面白いな、と思ったのを覚えています。
宗教の話は、とても気になります。
神様の存在や、宗教の存在が、当たり前のようにある中で育つことは、私たちにはちょっと簡単には想像できないことだよね。
でもきっと、宗教があるのが当たり前で育った人たちにとって、特定の宗教なしで生きている人のほうが不思議に見えるのかもしれないね。
私が中東地域の国をいくつか旅した時、宗教が土台にある社会をみて、人間は何かしら心のよりどころをもって生きるものなのかなあ、とぼんやり考えたりしました。地域や人によって、そのよりどころが宗教、というものであるかもしれないし、また別のものかもしれない。思想とか権力とか。
えなちゃんが、普段どういうことを現地の人と話して、どんな驚きや戸惑い、発見があったのか、気が向いたときにぜひ教えてください。
またお手紙待ってます。
ばんゆかこ
イランという国について、詳しい人はどれくらいいるでしょうか?名前が似ていることから、イラクと混同してしまっている人も多いかもしれません。
中東にあるイスラム教の国、ということくらいしか知られていないかもしれません。
イランは中東にあるイスラム教国で、主にペルシャ語が使われています。たくさんの民族の人がいますが、多数派はペルシャ人です。イスラム教の中でも、シーア派といわれる宗派が信仰されています。イランは、“中東”という言葉を聞いてイメージされる“アラブ”の国ではありません。
アラビア語を話すアラブ人が多い国といえば、お手紙の中にもでてきたアラブ首長国連邦やサウジアラビア、イランに名前が似ているイラク、ピラミッドで有名なエジプト、シリア、ヨルダンなどがあります。どの国にも、少数派の人を含めると、様々な民族や宗教の人がいますが、多数派はアラビア語を話すアラブ人です。そしてアラブ諸国の多くはイスラム教・スンニ派と呼ばれる宗派を信じている人が多数派です。
言語を見ても、ペルシャ語もアラビア語も、ほとんど同じアルファベットを使っているのでぱっと見たところ同じに見えますが、実は別の言語なのです。
似ているようで違う。複雑ですね。
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