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2018.07.22.Sun

人と自然との関わり

数年前の話です。北海道伊達市の大滝区(かなり山の中の地域)での出来事です。
大滝には、クマ撃ちの名人がいて、そのハンターさんと知り合いだったので、
民家に出てきたヒグマを有害駆除したため、見に来ないか?と連絡があった。

すぐに車を走らせ大滝へ向かった。300キロはある、大きな雄のヒグマだった
(大興奮で、不謹慎にもピースしているが・・)。
解体まで手伝わせてもらい、肉も頂いた。新鮮なヒグマの肉を、初めて食べた。
本州出身の私にとっては、北国の味である。このハンターさんのご家族、面白いことに、
家族ぐるみで、鹿やヒグマの猟をしている。ヒグマは、大滝で多いとはいえ、
めったに駆除されないが、数年に一度は、民家に出てくるため、駆除されている。
この一家が面白かったのは、クマを「食料」と認識していて、ひたすら、
夕飯の話で盛り上がっていたことが、なんだか、とても面白かった。
自然観がイヌイットのような一家であった。

また、このトラックは、道路脇に置いてあったので、大滝の住民だけでなく、
札幌方面から走行してきた車も、ヒグマに驚き、たくさんの車が停止し、
人が降りてきて、多くの見物客ができていた。
札幌方面から来た人の多くは、ショックを受け、「可哀想に・・」と、
辛そうな顔をする人も見られた。しかし・・・、そのすぐ真横で、大滝の人は、
久々に分けてもらえるご馳走に、舌づづみを打っているのだ。
この都会と田舎の生き物に対する感覚の違いも可笑しかった。

同じような光景を、以前、テレビで見たことがある。
海岸に打ちあがったクジラを必死で救助し、海へ戻している場面が放送されたときである。
マスコミ記者からインタビューをされた若い女性が、「可哀想ですね。何とか助けてあげたいです」と
言っている傍で、地元のおばあちゃんが、包丁とバケツを持って、「これ食べちゃいけないの!?」と
言っている場面を見て、笑ってしまったことがある。昔は、打ちあがったクジラは、
海からの恵みだったのだ。それが、現代では、自然保護や動物愛護という
価値観に変わってしまっているのを目の当たりにした例である。

もちろん、動物の命を可哀想だと思う気持ちは、人して当然の感情であり、
私は間違いだとは思っていない。
しかし、自分も含め、現代人は、本当の意味で、基本的に自然と関わることなく生きている。
様々な野生動物問題が解決できずにいるのは、自分も含め、現代人が、
自然との関わり方を失ってしまったためなのかもしれない。
狩猟民には、人と自然との関わりの『答え』を持っている、そんな気がしてならなかった。

 

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羽馬 千恵
北海道札幌市在住のフリーライター。虐待被害者の大人として「大人の未来(全国虐待被害当事者の会)」の代表を務める。興味分野は、「虐待サバイバー」「貧困」「奨学金自己破産」「生活保護」。専門は、野生動物や自然で、タヌキの研究が長く、自身もたぬき化していった通称「たぬき先生」。 http://haba-chie-564.com/index.html お仕事のご相談